Wiki / コード BOUT は、核融合・プラズマ物理学のコード。トカマク周辺プラズマのペデスタル領域に現れるピーリング・バルーニング不安定性と、それが引き起こすELM崩壊過程の流体モデルによる非線形シミュレーションコードであり、後のBOUT++の基盤となった。線形成長率やELMサイズ、ダイバータへの熱・粒子束などを再現する。この用語集が追う論文のうち、タイトルにこの主題が現れるものは31本ある。比重が最も大きかったのは2020–2024年で、その期間の論文の0.14%を占めた。直近の2025–2029年では0.09%。この用語集がこの主題を最初に拾うのは2010年以降で、それ以前の収録論文には現れない。
目次
1 解説 2 推移 3 研究の変遷 4 よく登場する装置 5 この数字の作り方 解説 BOUT++は、磁場閉じ込め 核融合プラズマ、とりわけトカマクの縁辺(エッジ)領域のプラズマを対象に、流体モデルに基づく時空間発展シミュレーションを行うために開発されたオープンソースの数値計算フレームワークである。元となった流体エッジコードBOUTを発展させる形で作られ、エッジ局在モード(ELM )やピーリング・バルーニングモード といったマグネトロ流体力学(MHD )的不安定性から、スクレイプオフ層 (SOL)の乱流輸送 、ダイバータ 熱負荷に至るまで、エッジプラズマ物理の幅広い問題を統一的に扱えることを特徴とする。EAST 、DIII-D 、KSTAR 、ASDEX Upgrade など世界中の主要装置の実験解析・予測に用いられており、エッジプラズマ研究における標準的なツールの一つとなっている。
BOUT++フレームワーク:磁力線追従格子とモジュール設計
BOUT++の最大の特徴は、計算格子を磁力線に沿って構成する点にある。トカマクのエッジプラズマでは、圧力勾配や電流の駆動する不安定現象が磁力線に沿って強く構造化されるため、座標軸を磁気面と磁力線に合わせた「磁力線追従座標」を用いると、平行方向と垂直方向の微分演算を分離して効率よく扱える。BOUT++はポロイダル断面内の二次元格子に沿って各磁気面を張り、磁力線方向の座標を重ねた三次元格子を生成する。X点 を持つダイバータ 配置や、スノーフレーク(snowflake)型のような非標準的な磁場配置にも対応できる。図は、 の実験放電を対象にしたシミュレーション設定の例で、左側に初期の密度・電子温度・イオン温度・圧力の半径方向プロファイル、右側にポロイダル断面内の計算格子を示す。格子が分離線(separatrix)を跨いで 領域から まで覆っている様子が分かる。
BOUT
種別 コード
論文数 31 本
初出 2010 –2014 年(7本)
最盛期 2020 –2024 年 0.14%
直近 2025 –2029 年 0.09% 索引にもどる
もう一つの特徴はモジュール化された設計である。BOUT++本体は時間発展の枠組み、座標系・磁場の取り扱い、垂直方向ラプラシアンや平行微分といった演算子、入出力を担い、利用者は解きたい物理方程式系を数式に近い記述で入力ファイルに書くだけで独自の物理モデルを組み込める。この柔軟性により、単純な還元MHD モデルから後述の六場二流体モデルやジャイロランダウ流体モデルまで、階層の異なるモデルが同一のフレームワーク上で実装・比較されてきた。線形計算の検証には理想MHD 固有値コードELITEとの比較が用いられ、成長率とモード構造の良好な一致が確認されており、これがBOUT++の信頼性を支える基礎となっている。
物理モデル:還元MHDから六場二流体、ジャイロランダウ流体へ
BOUT++で最も基本的なのは三場モデルと呼ばれる還元MHD 系で、渦度(垂直方向運動量)、圧力、平行方向ベクトルポテンシャル(磁場擾乱)の三つの場を時間発展させる。ELM の大枠のダイナミクスはこのモデルで捉えられ、反磁性ドリフトやE×Bドリフトといった非理想効果を加えた「非理想ピーリング・バルーニングモデル」による計算では、反磁性ドリフトとE×Bドリフトが高トロイダルモード数のモードを安定化させること、逆に抵抗が不安定化して抵抗性ピーリング・バルーニングモード を、異常電子粘性が粘性バルーニングモードをもたらすことが示された。ランドキスト数を現実的な高値(S = 10^8程度)まで上げた非線形計算では、ペデスタル 崩壊がエッジ局所に留まり、ELMサイズがペデスタル蓄積熱エネルギーの5〜10%となるという、大型ELMの実験観測と整合する結果が得られている。低ランドキスト数では抵抗がELMサイズを強く左右するが、高ランドキスト数では超抵抗(hyper-resistivity)が支配的な散逸効果となり、ELMサイズは抵抗に依存しなくなる。
より高次の記述として、ブラギンスキー方程式を基礎とする六場二流体モデルが開発された。これは密度、平行電流、電子・イオン温度など六つの場を時間発展させ、イオン音波 、ホール効果、トロイダル圧縮性、電子・イオン摩擦まで含む。ELMを対象とした三場モデルとの比較から、ELMクラッシュ(crash)の支配物理はピーリング・バルーニング不安定性、イオン反磁性効果、抵抗・超抵抗であり、イオン音波やホール効果などの追加物理はこの過程への寄与が小さいことが分かった。また、ELM後の飽和相における半径方向輸送 係数として、粒子拡散係数で約200 m²/s、熱拡散係数で約40 m²/sという典型的な値が得られ、レイノルズ応力が駆動しイオン反磁性項が抑制するゾーナルフローが、ELMクラッシュから準定常状態 に至るまでの乱流を制御することが示された。
運動論的効果を取り込む方向の拡張がジャイロランダウ流体(gyro-Landau-fluid、GLF)モデルである。3+1形式のGLFモデルをBOUT++に実装することで、運動的バルーニングモード(KBM)の全体的(global)な線形・非線形シミュレーションが可能になった。同心円幾何ではKBMに第二安定領域は現れないが、シャフラノフ・シフトや断面の楕円率を含む現実的な平衡(平衡ソルバーCORSICAで生成)を用いた全体的線形計算では第二安定領域が観測され、円形近似が高ベータ平衡では妥当でないことが示された。非線形計算では、第二安定領域近傍でも線形駆動が強く残るため、ベータの増加とともにELMによるエネルギー損失が増大するという結果が得られている。
ELMとピーリング・バルーニングモードのシミュレーション
Hモード のペデスタル では、急峻な圧力勾配とそれが生むブートストラップ電流 がピーリング・バルーニングモード を駆動し、これがELM の起源であるとされる。BOUT++のELM研究は、この古典的描像を非理想効果を含めて検証し、崩壊の非線形発展を追うことを中心に展開してきた。線形段階ではELITEとの一致によりピーリング・バルーニングモードの同定が確かめられ、非線形段階では、ペデスタル圧力の急速な崩壊に対応するアイソレット(磁気島 )の形成と、SOL へ飛び出すフィラメント(細いプラズマ構造)の放出が再現される。半径方向輸送 の解析から、ELMサイズは主にクラッシュ相のエネルギー損失で決まり、その後の飽和相の輸送はむしろ乱流による緩やかな制御を受けるという二段階の描像が得られている。
計算の設定面では、平衡とプロファイルを実験から正確に与えることが精度を左右する。図は、ペデスタルとSOLを含む計算領域(黒の二曲線の間、赤が分離線)と、そこに与える平衡の圧力および平行電流の半径方向プロファイルを示したもので、圧力勾配とブートストラップ電流が分離線近傍でピークを持つ様子が読み取れる。このような実験平衡に基づく設定により、KSTAR ではBOUT++の非線形計算から合成画像を作り、測定された二次元ELM像と直接比較する試みも行われている。また、スノーフレーク型ダイバータ 配置におけるピーリング・バルーニングモードの線形計算や、EAST での三次元非線形ELM計算、六場二流体モデルにトロイダル軸対称電場と平行電流の発展を含めた拡張など、磁場配置・モデル次元の両面からELM物理の理解が進められている。
ELMのない高閉鎖性運転領域の理解にもBOUT++は寄与している。Iモード は温度に高いペデスタルを持つ一方、粒子閉鎖性はLモード 並みに低く、圧力勾配が低いためピーリング・バルーニングモードが安定化されてELMが生じない。しかしHモード遷移に近い条件では、ペデスタル緩和事象(pedestal relaxation event、PRE)と呼ばれる小規模な爆発的放出が観測される。ASDEX Upgrade の実験放電をそのままのダイバータ幾何・平衡・プロファイルで取り込んだBOUT++の非線形計算は、エネルギー損失が全蓄積エネルギーの約1%とtype-I ELMより一桁以上小さい一方、SOL中のフィラメント構造やダイバータへの非対称なエネルギー堆積など輸送の性格はtype-I ELMと類似していることを明らかにし、ELMと似て非なるこの現象の物理的理解に寄与している。
エッジ・SOL輸送、ダイバータ熱流束幅とSOLPS-ITERとの結合
ELM のような突発的現象と対照的に、エッジプラズマの定常輸送はSOL 中の乱流によって支配され、その帰結の一つがダイバータ へ落ちる熱流束の幅である。熱流束幅はプラズマ対壁材料の寿命を決める最重要パラメータの一つで、ITER のような大型装置ではその予測が設計上の緊急課題となる。BOUT++はこの問題に対して二つのモジュールを提供する。一つは輸送コードで、密度・温度・平行流速・半径方向電場 のプロファイルを定常状態 まで発展させ、SOLの輸送係数をパラメータとして扱う。もう一つは六場二流体乱流コードで、ペデスタル とSOLの乱流ダイナミクスを直接計算し、実効的な輸送係数を与える。
ITERの15 MA基準シナリオを対象とした輸送・乱流の二段階計算では、SOLの異常熱拡散係数がある臨界値より小さい限り熱流束幅はほぼ変わらず、ゴールドストンのヒューリスティック・ドリフトモデルと整合する一方、拡散係数が臨界値を超えると熱流束幅が増大に転じることが示された。さらに乱流計算の側からは、ペデスタルがピーリング・バルーニング不安定になると熱流束幅が大きくなること、ペデスタル構造そのものが実効熱拡散係数と熱流束幅を左右することが指摘された。EAST でも同様の輸送コードによる熱流束幅の計算が行われ、実験との比較を通じて手法の妥当性が検証されている。
輸送と乱流を自己無撞着に扱う別の経路として、SOLPS-ITER との結合がある。SOLPS-ITERは中性粒子や原子過程を含むSOL輸送の定常解を与える実績あるコードだが、乱流をモデル化した輸送係数に依存する。これが収束した平衡・プロファイルをBOUT++の乱流計算に渡し、BOUT++が計算した乱流輸送 を側からフィードバックする枠組みが構築され、EASTのエッジプラズマに対して輸送と乱流を一貫して扱うシミュレーションが実現している。これにより、L-H遷移 前の密度揺らぎの水素・重陽子プラズマ間の違いなど、背景プラズマ種が乱流に及ぼす効果のような、輸送コード単独では扱えない問題も扱えるようになっている。
応用の広がり:直線装置、ペレット入射、新しい手法
BOUT++の枠組みはトカマクの枠を超えて広がっている。直線プラズマ装置(linear plasma device)向けには、コイルの位置と電流から円電流ループで磁場を計算し、それに合わせて計算格子を生成するモジュールが開発され、還元ブラギンスキー方程式と流体中性粒子モデルに基づく輸送計算が可能になった。新装置MPS-LDの輸送を二点モデル(two-point model)と突き合わせて検証した結果、半径方向拡散係数がターゲットへの熱負荷 を大きく左右すること、ヘリウム 不純物注入がターゲットへのエネルギー負荷を顕著に低減できることが示された。このように、BOUT++の輸送モジュールは磁場の与え方を差し替えるだけで異なる磁場配置の装置に適用できる柔軟性を持つ。
ELM制御 の観点から重要なのがペレット入射 のモデル化である。リチウム ペレットの注入は、燃料を増やさずに高頻度・小振幅のELM を誘発するELMペーシング手法としてEAST やDIII-D で実証されており、EASTの実験ではペレット直径0.6〜0.7 mmにELM誘発の閾値があることが統計的に示されている。BOUT++三場MHD モデルを用いた計算では、ペレットによる局所圧力上昇を二重ガウス分布で与え、分離線規格化した圧力上昇比Rpを掃引することで、この閾値挙動が再現された。図は、圧力上昇比Rpを1.2から4.5まで変えた場合のトロイダルモード数n = 10の擾動の二次元構造を示す。Rpが小さい間は擾動が減衰するのに対し、閾値を超えるとペデスタル 内の急勾配領域に局在したモードが指数的に増幅し、堆積位置がペデスタル頂上よりも勾配の強い中間領域にある方が小さなペレットでELMを誘発できるという実験的事実の物理的説明が与えられている。
その他、BOUT++の枠組みの上に実装された応用は多岐にわたる。超音速分子ビーム入射 によるHモード プラズマへの燃料供給 のシミュレーション、イオンサイクロトロン共鳴 加熱によるELM抑制のモデル化、タングステン ダスト粒子の運動を扱う拡張(NDS-BOUT++)、リチウムペレットの不純物 イオンとしての効果を明示的に含めたELM誘発計算などが行われている。手法面でも、乱流方程式の大渦シミュレーションに生成モデルを逆畳み込み演算子として組み込む試みなど、計算手法の新展開がBOUT++上で模索されており、エッジプラズマシミュレーションの実験予測・制御への応用はさらに広がりつつある。
[4]
BOUTの研究史 — FusionPapers