Wiki / 材料 リチウム (Lithium)は、核融合・プラズマ物理学の材料。液体金属プラズマ対向材料やトリチウム増殖材料として用いられ、リチウムビーム計測や壁調整にも使われる。低Z元素であり水素同位体を強く吸着してリサイクリングを低減し、液体リチウムは自己修復性のあるプラズマ対向面としてダイバータやリミッターで研究されている。この用語集が追う論文のうち、タイトルにこの主題が現れるものは740本ある。比重が最も大きかったのは2010–2014年で、その期間の論文の2.00%を占めた。直近の2025–2029年では0.84%。この用語集がこの主題を最初に拾うのは1985年以降で、それ以前の収録論文には現れない。
Element used in fusion blankets and liquid metal studies.
目次
1 解説 2 推移 3 研究の変遷 4 よく登場する装置 5 関連項目 6 この数字の作り方 解説 リチウム(Li)は、原子番号3の最軽量金属であり、核融合研究において二つの顔を持つ元素である。一つはプラズマ対向材料・壁処理用の低Z材料として、もう一つはトリチウム 増殖ブランケットの増殖材としての役割である。リチウムは水素同位体 を化学的に吸収する性質、低い原子番号による小さな放射損失、そして約180 °Cという低い融点により液体金属 として扱えるという、いずれも核融合装置に有利な性質を併せ持つ。このため、固体壁の被覆から液体リチウム 流路、増殖ブランケット 、プラズマ周辺部の診断用ビームに至るまで、幅広い技術課題の中心に置かれている。本項では、これらの役割ごとに、リチウムが核融合装置でどのように使われ、何が利点で何が課題なのかを概説する。
リチウムの物性と核融合における役割
リチウムが核融合で重宝される第一の理由は、その化学的・熱的性質にある。リチウムは水素と反応して水素化リチウム(LiH)を形成する。LiHの融点は約689 °Cと金属リチウムの約180 °Cよりはるかに高く、壁面に形成されたリチウム被覆は水素化物として安定に存在するため、コーティングの寿命が延びる。同時に、液体リチウム に吸収された水素同位体 は、450〜550 °C程度への加熱で放出できる。これは、黒鉛が高温でないと水素を放出しないのとは対照的で、リチウム循環系を通じて余剰燃料(D、T)を選択的に排出し、燃料閉回路を構成できる可能性を意味する。
第二の理由は、低Z材料としてのプラズマ特性への効果である。リチウム原子はプラズマ中で強い非コロナル放射(黒体放射から外れた輝線放射)を示し、プラズマ縁部の熱を装置壁全体に分散させて分散させる働きがある。実験装置では、リチウム注入によってプラズマの有効イオン価数(Zeff)が下がり、許容される壁熱負荷 が向上することが示されてきた。さらに、リチウムは液体金属 として流動できるため、プラズマ対向面を「自己修復的」に保てる。固体材料では中性子照射 や熱疲労で劣化する表面も、液体なら常に新しい表面がプラズマに面し続ける。
リチウム
種別 材料
論文数 740 本
初出 1985 –1989 年(26本)
最盛期 2010 –2014 年 2.00%
直近 2025 –2029 年 0.84% 索引にもどる
これらの性質を実際の装置で使うためのハードウェアが、キャピラリ多孔質構造(CPS)を用いたリチウムリミッター である。これは細孔(10〜50 μm程度)をもつ金属マトリクスに液体リチウムを保持させ、表面のリチウム膜(数μm〜10 μm程度)だけをプラズマに晒す方式で、毛細管力が液体の飛散を抑えると同時に、プラズマからの侵食から固体基材を保護する。リチウムをプラズマに晒す前に、リミッターの構造とリチウムの充填状態を確認しておく必要がある。次の図は、プラズマ曝露前の縦型リミッターの外観を示したものである。
図は、タングステン フェルト製の保護部(W section)を先端に持つ全長55 cmのリミッターを示す。このタングステン部は、プラズマ中の高エネルギー電子(逃走電子 )からリチウム充填部を守る役割を担う。リチウムを充填して実際にプラズマに長時間晒した後のリミッター表面の様子は、次の図のように変化する。
図は、1000回の放電曝露後の縦型リミッター(長さ35 cm)を写したものであり、表面にリチウムとプラズマ相互作用の痕跡が見て取れる。このような部材単位の試験を経て、リチウム対向面は実機規模のプラズマで長期にわたって機能しうることが確かめられつつある。
リチウム壁処理とプラズマ性能
リチウムをプラズマ対向壁に被覆する最も簡単な方法は、壁処理(ウォールコンディショニング)である。グロー放電 洗浄(GDC)中にリチウムを蒸発させたり、加熱したリチウムロッドを水素グロー放電中に置いてスパッタで飛ばしたりすることで、真空容器 内壁とプラズマ対向部材に薄いリチウム膜を均一に形成できる。インドのADITYA-U トカマクでの系統的な比較では、リチウムロッドのスパッタよりも蒸着による被覆の方がプラズマ性能の向上が大きく、また水素グロー放電と組み合わせて被覆した場合、その効果がより多くの放電にわたって持続することが示された。被覆後は炭素不純物 の減少と水素リサイクリング の抑制が観測され、これは黒鉛対向壁を持つ装置で性能を制限していた二つの要因を直接抑えるものである。
リチウム被覆の効果は、プラズマ縁の「低リサイクリング」条件として理解できる。通常の固体壁は入射したプラズマイオンをほぼすべて中性粒子として再放出するが、リチウム面は水素同位体 を吸収して再放出を抑える。リサイクリング中性粒子による冷たい境界条件が消えると、プラズマは高温の縁部と平坦な温度分布を持つようになり、温度勾配に駆動される輸送や不安定性が弱まる可能性がある。リチウムトカマク実験(LTX、およびその改良装置LTX-β)では、この低リサイクリング領域を実現し、その閉じ込め改善を検証することが主目的の一つとされている。次の図は、リチウム蒸発源を備えたLTX-β装置の断面配置を示す。
図は、真空容器内の複数のリチウム蒸発器と、蒸着量を監視する水晶振動子モニタ(QCDM)の位置、および中性粒子ビーム入射経路とトムソン散乱 計測のレーザー経路を示す。蒸発器の配置とモニタにより、プラズマ対向面全体へのリチウム被覆量を制御しながら放電を行うことができる。
壁処理による性能向上は、TFTR をはじめとする多くのトカマクで観測されており、リチウム注入によって有効イオン価数が低下し、高加熱放電の安定性が改善することが繰り返し示されてきた。この実績は、リチウムを単なる壁の「塗料」ではなく、定常運転する核融合炉のプラズマ対向戦略の柱の一つとする根拠になっている。
液体リチウムプラズマ対向部材
リチウムをプラズマ対向材料として本格的に使うには、壁処理による一回性の被覆を超えて、液体リチウム を連続的に循環させる系統が必要となる。EAST トカマクで試験された流動液体リチウム(FLiLi)リミッター はその代表例である。厚さ0.1 mm未満のリチウム層を毎秒約2 cm³の流量で循環させ、装置のトロイダル磁場と作用する電磁ポンプ(in-vessel 電磁ポンプ)で流速を制御する。このリミッターは、下部混合波加熱や中性粒子ビーム入射による高閉じ込めモード(H-mode )放電を含む多様なプラズマ運転と両立し、リチウムの制御された供給によってリサイクリング と不純物 の低減、ダイバータ 熱負荷の低減、そして場合によってはプラズマの蓄積エネルギーの向上をもたらした。
液体リチウム対向面の熱除去は、別の機構でも実現できる。リチウム金属注入溝(LiMIT)は、金属の細い溝に液体リチウムを保持させ、熱電磁気流体力学(TEMHD)効果によって流れを駆動する方式である。溝内のリチウムが加熱されると、温度勾配と磁場の直交方向に生じる熱電流と磁場のローレンツ力が流れを起こし、高温のリチウムを下流へ運び、低温のリチウムを補給する。この「自己ポンプ」機構は外部のポンプを必要とせず、測定された流速は理論予測と比較されている。溝構造は毛細管力でリチウムを保持するため、プラズマの乱れや急激な熱負荷 (ELM 、ディスラプション)による飛散にも比較的強い。
液体リチウム対向面の長期的な展望としては、プラズマ縁部でのリチウム循環ループの構築が挙げられる。リチウムを縁部に能動的に供給する「エミッタ」と、プラズマ中を通過したリチウムイオンを液体金属 として回収する「コレクタ」を設け、回収したリチウムを加熱して燃料を放出させた後、再びエミッタに戻す。この方式では、リチウムの非コロナル放射で壁熱を分散させつつ、液体リチウムによる燃料ポンピングで余剰燃料を排出できる。T-11Mトカマクでの実験では、リミッターからプラズマへ出たリチウムの大部分がリミッターに戻る、ほぼ定常の循環が成立することが示されており、リチウムの二次流が一次流の数倍に達する場合がある。この自己スパッタによる循環は、リチウム消費を抑える点で有利だが、一方で液体リチウムの飛散や、リチウムと接触する固体材料(タングステン が最有力)の侵食が実用上の制約となる。
トリチウム増殖ブランケットにおけるリチウム
DT核融合炉では、消費されるトリチウム をリチウムの中で中性子と反応させて補給する必要があり、リチウムは増殖ブランケット の心臓部を占める。ブランケット用のリチウム化合物には大きく分けて二つの系統がある。一つはリチウムセラミックス(チタン酸リチウム Li₂TiO₃、オルトケイ酸リチウム Li₄SiO₄ など)で、中性子照射 によって生成したトリチウムを加熱で放出させる。二相セラミックス(Li₄SiO₄-Li₂TiO₃)の混合比がトリチウム放出 挙動に影響すること、また水溶液系のリチウム塩ブランケットでは放射線分解によるガス発生が問題となり、水素添加でそれが抑制できることが研究されている。もう一つの系統は鉛リチウム共晶 (Pb-Li、原子比でリチウム約15.7%)で、増殖材と冷却材を兼ねる液体金属 ブリーデング材である。
鉛リチウムブランケットの設計は、磁場閉じ込め 炉を対象に水冷(WCLL )、ヘリウム 冷(HCLL )、デュアルクーラント(DCLL )、自己冷却(SCLL)と発展してきた。磁場中で鉛リチウムを高速で流すと磁気流体力学(MHD )圧力損失が大きくなるため、磁場閉じ込めでは流速に制約が生じ、SiC などの電気絶縁材が必要になる場合がある。一方、慣性核融合 炉の反応室には強い磁場がないため、この制約がなく、EUROFER 鋼を構造材とする自己冷却ブランケットが検討できる。次の図は、そのような自己冷却鉛リチウムブランケットのモジュール構成を示す。
図は、45°モジュールのブランケットを構成する第一壁 (緑)と、内側チャンネル・外側チャンネルを流れるPb-15.7Liの循環経路、および球殻断面におけるチャンネル壁の半径を示す。核加熱は中性子によって主にブランケット表層に沈み込むため、内側チャンネルを冷たく速い流れ、外側チャンネルを熱く遅い流れとすることで、冷却性能と腐食 の両立を図っている。鉛リチウムによる構造材(RAFM 鋼など)の腐食は、温度と流速に依存する設計上の主要な制約であり、流速を上げるとトリチウムや放射性腐食生成物の部分圧が下がるという安全上の利点と引き換えに、腐食速度の上限(例えば年間200 μm程度)が課される。このため、腐食を抑えるための絶縁コーティングや構造材の開発が並行して進められている。バナジウム合金上に液体リチウム 中でEr₂O₃被覆をその場成長させる技術などは、液体リチウム冷却系で電気絶縁と材料両立性を確保する試みである。
増殖ブランケットの運転では、リチウム系に蓄積する放射性核種の管理も重要である。IFMIF-DONES のようなリチウム液体金属標的を用いる中性子源 では、リチウム流路中で生成する ⁷Be や活性化腐食生成物が水素トラップに濃集するため、その線量評価が安全設計の一部となっている。また、溶融鉛リチウムの液面を計測する相互誘導型センサーの開発など、液体金属を安全に取り扱うための計測技術も進められている。
リチウムビームによるプラズマ縁診断
リチウムはプラズマ対向材料・増殖材としてだけでなく、プラズマ計測にも欠かせない。高速リチウムビーム診断は、加速したLi⁺ビームを中性化してプラズマ中に入射し、ビーム原子とプラズマ中の電子との電荷交換再結合 で生じる発光(Liの共鳴線)を観測することで、プラズマ縁部の電子密度分布 を求める手法である。ビームの減衰が電子密度に依存するため、発光強度の半径方向プロファイルを逆畳み込みすることで、スクレイプオフ層 (SOL)からペデスタル 領域に至る電子密度分布が再構成できる。JET では30年以上にわたりリチウムビーム診断が運用されており、装置上部から垂直にビームを入射し、容器内ミラーを用いたペリスコープで発光を観測する。次の図は、そのビーム源の系統構成を示す。
fig.1 Operation of a lithium beam diagnostic in tritium and deuterium–tritium experiments at JET (2025) · CC BY 4.0
Schematic of the lithium beam source at JET with the ion gun, ion optics and deflection plates, the neutralisation cell with the heated sodium reservoir and heated tube, beam profile monitor BPM and torus isolation valve TIV, the tritium compatible exhaust with turbo pump and connection to the diagnostic vacuum crown DVC. Local extraction ventilation LEV has been used on the venting valve during ion gun exchange after exposure to tritium.
図は、イオンガン(5 kVの引き抜し電極と40 kVの加速電極)、ダイバータ 、加熱したナトリウム溜めを備えた中性化セル、ビームプロファイルモニタ(BPM)、トーラス遮断弁(TIV)およびトリチウム 対応排気系を示す。JETの重水素・トリチウム (DT)運転では、トリチウム互換性のために遠隔操作 化、トリチウム対応ターボポンプへの交換、排気系の接続、放射線感受性の高い電子機器の撤去といった改造が施され、DT実験環境下でも診断が運用された。
電荷交換再結合分光にリチウムビームを用いると、縁部の不純物 イオン(完全ストリッピングした炭素やヘリウム )のイオン温度プロファイルも、約6 mmの空間分解能で測定できる。ELM の影響は測定に現れるが、ELM頻度が検出器のフレームレートの半分(約60 Hz)以下であれば、ELMの合間の温度プロファイルを求められる。この手法では、プラズマ運転条件や不純物組成に応じて、炭素とヘリウムのどちらを観測対象にするかが測定精度を左右する。リチウムビームは、プラズマ縁という最も勾配の急な領域を高分解能で見るための、ほぼ唯一の能動プローブとして、現代のトカマク診断体系に定着している。
Fusion Engineering and Design 1989
リチウム(Lithium)の研究史 — FusionPapers