トリチウム回収(Tritium recovery)は、核融合・プラズマ物理学の手法。核融合炉の燃料サイクルにおいて、ブランケット増殖材やトリチウム水などからトリチウムを分離・回収する手法である。回収対象や化学形態に応じて、掃気ガスからの回収、電解濃縮、膜分離などが組み合わされ、炉のトリチウム自己供給を実現するために不可欠な工程である。この用語集が追う論文のうち、タイトルにこの主題が現れるものは31本ある。比重が最も大きかったのは1985–1989年で、その期間の論文の0.28%を占めた。直近の2025–2029年では0.00%。この用語集がこの主題を最初に拾うのは1985年以降で、それ以前の収録論文には現れない。
解説
トリチウム回収(トリチウムかいしゅう、tritium recovery)とは、核融合炉の増殖ブランケットや冷却系、排気系に生じた三重水素(トリチウム)を炉心燃料として再利用できる形で取り出し、系内のトリチウム保有量を低く抑える一連のプロセスである。トリチウムは半減期約12.3年のベータ崩壊核種であり、天然にはほとんど存在しないため、重水素―三重水素(D-T)反応を燃料とする核融合炉では、炉内で消費した分をリチウムによる増殖反応で賄い、回収して燃料サイクルに戻すことが不可欠である。回収技術の対象は、固体増殖材からのスイープガス、液体金属増殖材、トリチウム汚染水、排気ガスと多岐にわたり、それぞれの媒体の化学的性質に応じた全く異なる手法が開発されている。
なぜトリチウムを回収しなければならないか
D-T核融合反応は1回の反応につき1個のトリチウムを消費する。ところがトリチウムは自然界に事実上存在せず、炉の運転に必要な分はすべてブランケット内のリチウムに中性子を当てる増殖反応で炉内自らが生産しなければならない。増殖比が1を下回れば燃料は減り続け、炉は持続しない。したがって増殖されたトリチウムを確実にブランケットから取り出して燃料サイクルへ戻すことは、単なる副次的な作業ではなく、炉の成立条件そのものである。回収までの滞留時間が長いほど、増殖分が即座に燃焼に回らず、実効的な増殖性能が目減りする。
第二の理由は安全性である。トリチウムは最大18.6 keV程度の弱いベータ線を放出するが、ガス状の水素分子(HT)としてより、水の形(HTO)として存在する方が生物学的影響ははるかに大きい。トリチウムが増殖材や構造材から冷却材へ透過し、冷却水中にHTOとして蓄積すれば、大量のトリチウム汚染水を抱え込むことになる。系全体のトリチウム保有量(インベントリ)は、事故時の放出源項を直接決めるため、各所で連続的に回収してインベントリを最小に保つことが設計上の基本方針となる。実験炉から原型炉へ規模が拡大するにつれ、扱うトリチウムはグラム級からキログラム級へ増え、回収システムの信頼性と閉じ込め性能への要求は一層厳しくなる。
固体増殖材ブランケットとスイープガスからの回収
固体増殖材には、、酸化などのセラミックが用いられ、ペブル(小球)充填層の形でブランケットに納められる。増殖反応で固体内部に生じたは、粒内を拡散して表面から脱離し、層を流れるのスイープガスに運ばれる。ここで本質的に厄介なのは、スイープガスの流量が非常に大きい一方で、その中のトリチウム濃度は極めて低いという条件である。大量のガスから微量成分だけを取り出す必要があり、回収システムの規模とコストをこの条件が支配する。
スイープガス中でのトリチウムの化学形は、脱離挙動と回収プロセスの両方を決める鍵となる。トリチウムは水素分子(HT)として出てくる場合と、水蒸気(HTO)として出てくる場合があり、どちらが優勢かは増殖材の表面化学とガス中の水素・水蒸気分圧で決まる。スイープガスに少量の水素を添加すると、増殖材内部のトリチウムがHTOではなくHTとして脱離しやすくなる。HTOの脱離は表面での水酸基交換を伴いエネルギー障壁が高いためで、水素添加によって低温でのトリチウム放出率が改善される。このため固体増殖材系では、ガス組成の制御そのものが回収技術の一部となる。
スイープガスから取り出したトリチウムの後段処理には、触媒を用いた同位体交換と酸化が中心となる。白金系の貴金属触媒はHTのHTOへの酸化や水素―トリチウム間の同位体交換に使われるが、増殖材由来の水分で触媒表面が濡れると性能が落ちるため、疎水性のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)担体に白金を担持した疎水性触媒が重要な役割を果たす。また、ゼオライトなどの陽イオン交換型モルデナイトに貴金属を担持した触媒では、担体の酸性質が同位体交換特性に影響することが知られている。一方、増殖材自身のトリチウム放出は14 MeV中性子照射による格子欠陥の生成やリチウム燃焼の影響を受けるため、実用評価には実際のD-T中性子を用いた照射下での回収実験が不可欠であり、加速器中性子源を用いたブランケット模擬体での回収試験が進められている。
液体金属増殖材からの回収
液体リチウム―鉛合金(Pb-17Li、リチウム17原子%)は、固体増殖材に比べ熱伝達と増殖の観点で有利な候補だが、トリチウム回収の面では逆の性質を持つ。トリチウムの鉛リチウムへの溶解度は非常に低く、ジーベルツの法則に従って溶解度は水素分圧の平方根に比例するため、同じトリチウム生成量でも液中のトリチウム分圧が高くなる。これは抽出そのものには有利で、ガスバブリングや透過膜を通して比較的容易にトリチウムを液外へ追い出せることを意味する。半面、分圧が高いということは、構造材や熱交換器を通して冷却材側へのトリチウム透過損失も大きいことを意味し、回収効率と透過損失の抑制が一体で設計される。
透過型回収の代表例が、水素同位体を選択的に透過させるパラジウム系膜やセラミック複合材の透過カラムである。多孔質セラミック管の表面に薄いパラジウム―銀膜を形成した複合膜は、水素とそれ以外の気体をほぼ完全に分離できる一方、膜が薄いほど透過フラックスが増すが機械的強度が下がるというトレードオフがあり、成膜方法(無電解めっき、スパッタ、薄板圧延)によって透過抵抗と強度のバランスが変わる。液体金属との共存環境下での金属材料の水素透過挙動は回収装置の設計性能を直接左右するため、Pb-17Li共存下での透過率の実測が重視されている。また、ニオブに超薄いパラジウム―銀膜を被覆した材料のように、透過を促す基材と液体金属からの防食を兼ねた複合構造も原型炉級の回収器として検討されている。スイープガス側の処理としては、セラミックプロトン伝導体膜を用いてガス中の水素同位体を電気化学的にくみ出す方式や、非蒸発型ゲッター(加熱しても蒸発せず水素を吸蔵する合金)でトリチウムを捕集する方式が提案されている。
純粋な液体リチウムを増殖材とする場合は事情が逆転する。リチウムはトリチウムと化学的に強く結合するため液中のトリチウム分圧が低く、透過膜では取り出しにくい。そこで、トリチウムを水素化物として吸蔵するイットリウムなどの金属ゲッターを液に接触させてトリチウムを選択的に捕集する方法や、溶融塩を介してトリチウムを液外へ移す方法、両者を組み合わせたハイブリッドプロセスが研究されてきた。さらにフッ化リチウム―フッ化ベリリウム(LiF-BeF2、フリーブと呼ばれる)の溶融塩を増殖材とする系では、塩の酸化還元状態によってトリチウムの化学形がフッ化水素型(TF)とHTの間で変わるため、塩の化学制御と回収法の選択が結びつく。これらの液体増殖材系は、慣性核融合炉の液体リチウム―鉛ループ向け回収システムなど、炉の概念ごとに異なる構成で開発が続いている。
トリチウム汚染水と冷却材からの回収
冷却水中のトリチウムはHTOとして存在するため、水そのものを処理する必要があり、ここが燃料サイクルの中で最も大量処理を強いられる部分である。冷却材の全量を直接電気分解するのは非現実的なので、まず処理水量を絞る工程が前置きされる。代表的な手法が合成ゼオライトによる固定床吸着で、水を選択的に吸着させた後、脱着によってトリチウムを濃縮した少量の水にまとめる。この用途には吸着と脱着の特性を最適化した新規ゼオライトの開発が進められている。
濃縮されたトリチウム水の分解には、電気分解と触媒交換の二本柱がある。電気分解では水を水素と酸素に分離し、トリチウムを気相の水素同位体として回収する。低濃度のトリチウム水を対象に、電極を隔てずに直列に電解セルを積む双極型電解が省エネで有利とされる。また、セラミックプロトン伝導体を電解質とする電解セルでは、水蒸気を直接分解して水素を透過させることができ、スイープガス中のHTO処理にも応用される。この種の電解では電極材料の性能が電解効率を支配し、酸化セリウムを含む電極が高い効率を示すことが報告されている。
もう一本柱の触媒交換は、トリチウム水(または水蒸気)と水素ガスを触媒上で接触させ、同位体を水側からガス側へ移す反応である。液相での処理では前述の疎水性触媒が、気相での処理では通常の貴金属触媒が用いられる。この分野で特徴的なのが触媒膜反応器である。多孔質セラミック管上にパラジウム系薄膜を形成した複合膜を反応器に組み込み、水ガスシフト反応などで生じた水素を膜が連続的に系外へ分離すると、反応が生成物側へ押し進められる。実際、膜なしでは350 ℃程度で平衡転化率が8割程度にとどまる条件下でも、膜を備えた反応器では転化率がほぼ100%に達することが示されており、膜分離と触媒反応の組み合わせが単独のプロセスを上回る好例となっている。なお、安全系の文脈では、系内に漏出した水素同位体を酸化銅床で水に変換して閉じ込める手法も使われ、酸化剤の粒径や反応管径が回収性能に影響することが確認されている。
燃料サイクルの除染とトリチウムプラント
炉から排出されるガス、真空ポンプ排気、各系の漏れガスには、燃料として使われなかった水素同位体が含まれる。これらを大気へ出さずに処理するのが排気除染システムであり、水素同位体を触媒で酸化して水に変えた後、乾燥剤や吸着剤で水を捕集するという流れが基本である。装置内に滞留するトリチウム量は安全評価の基礎データとなるため、運転初期の回収操作におけるインベントリの推定が実機計画で重要な課題とされている。また、ガス冷却を用いた増殖概念では、冷却ガス中のトリチウムを連続的に回収することで系外への流出を抑える設計が想定され、この場合の連続回収が実効的なトリチウム増殖量の評価にも影響する。
回収されたトリチウムを燃料として再び使える形に整えるのがトリチウムプラントの中核、すなわち水素同位体分離システムである。水素、重水素、トリチウムの分子種(H2、HD、HT、D2、DT、T2)は沸点が数ケルビンしか違わないため、分離には深冷蒸留が用いられる。これは極低温で多段の蒸留塔を直列に並べ、わずかな沸点差を積み重ねて同位体を分離する方式で、塔を高くするほど分離性能が上がる代わりに、塔内に滞留するトリチウム量が増えるという設計上の緊張関係を抱える。深冷蒸留システムは実機規模での建設・試運転が進められており、トリチウム回収技術のうち最も工業的に成熟に近い部分である。これにパラジウム膜による水素の精製・回収を組み合わせ、ブランケット回収系から燃料注入までを一つの閉ループとしてつなぐことが、国際的な実験炉の燃料サイクル設計で想定されている。
要するにトリチウム回収とは、単一の装置ではなく、増殖材の種類(固体セラミック、液体金属、溶融塩)とトリチウムの化学形(HT、HTO、TF)に応じて選ばれる一連の抽出・濃縮・同位体分離プロセスの総体である。どの経路を選んでも共通する要求は、大量の媒体から微量のトリチウムを漏らさず取り出し、系全体のインベントリを低く保ちながら、回収したトリチウムを燃料サイクルへ確実に戻すことであり、実験炉から原型炉への規模拡大に伴って、この要求が各要素技術の実証を促し続けている。
トリチウム回収(Tritium recovery)の研究史 — FusionPapers