トリチウムインベントリ
Tritium inventory
トリチウムインベントリ(Tritium inventory)は、核融合・プラズマ物理学の工学。核融合装置のプラズマ対向材料やトリチウム増殖ブランケット、燃料サイクル系に残留・蓄積するトリチウムの総量である。安全上の上限値と燃料経済の両面から制御が求められ、特に炭素との共堆積や材料中への拡散・捕獲が主要な決定要因となる。この用語集が追う論文のうち、タイトルにこの主題が現れるものは31本ある。比重が最も大きかったのは2000–2004年で、その期間の論文の0.18%を占めた。直近の2025–2029年では0.00%。この用語集がこの主題を最初に拾うのは1975年以降で、それ以前の収録論文には現れない。
解説
トリチウムインベントリ(トリチウム在庫量)とは、核融合装置およびその周辺設備の全体に存在する三重水素(トリチウム)の総量のことである。トリチウムは半減期約12.3年のベータ崩壊核種であり、燃料として不可欠であると同時に、放射能を持ち、天然にほとんど存在しないため高価でもある。このため、装置内や燃料サイクル内のどこに、どのくらいの量のトリチウムが滞留しているかを把握し、制御することは、安全性の確保と燃料経済性の両面から核融合炉設計の中心的な工学課題となっている。
トリチウムインベントリとは何か、なぜ制限されるのか
D-T核融合炉では、プラズマに注入したトリチウムの一部は核融合反応に消費されるが、それ以外は排気として回収され、燃料サイクル系で精製されて再利用される。しかし実際には、プラズマ対向材料への注入・捕獲、冷却材への透過、廃棄物への移行などにより、燃料として使える形で循環していないトリチウムが装置の各所に滞留する。この滞留量の総和がトリチウムインベントリであり、炉心内、第一壁・ダイバータなどの容器内、燃料サイクル設備、貯蔵設備、廃棄物に分けて管理される。
インベントリが制限される理由は主に二つある。第一は安全上の制約である。トリチウムはベータ線を放出するが、ベータ線の飛程が短い一方で化学的には水素と同じ挙動を示し、酸化されるとトリチウム化水素(HTO)として生体に取り込まれやすい。したがって、事故時に放出しうる量を抑えるため、サイトの放出限度や管理限度(アドミニストラティブ・リミット)が設けられ、装置全体のインベントリはこれを超えてはならない。第二は燃料経済性である。トリチウムは増殖ブランケットでリチウムから増殖されるが、その増殖能力には限りがあり、起動に必要な最低限の貯蔵量を確保しなければ運転を始められない。例えば融合出力約143 MW級の実験炉を想定した動的モデル計算では、燃焼率数パーセント、増殖比1.1程度の条件下で、起動・運転に必要な最小トリチウム貯蔵量は約319 gと見積もられている。このように、必要な起動在庫と、安全上許容される総在庫の間で設計が絞られる構造になっている。
重要なのは、インベントリが機械の規模に単純に比例して増えてはならないという点である。現在の小型装置では問題にならなかった滞留が、ITERやDEMOのような大型機では、サイト放出限度の観点から許容されない。このため、低インベントリ化プロセスの開発、系統ごとのインベントリの分離管理、系間移動の追跡、多重格納や工学的安全屏障といった多層防護の導入が求められている。また、発電炉ではインベントリ最小化とプラント稼働率の間にトレードオフが生じる。トリチウム除去のために運転を中断すれば在庫は抑えられるが発電時間が失われるからであり、この両立は実験装置よりも発電炉で一層厳しい課題となる。
容器内滞留の機構とプラズマ対向材料
容器内インベントリを支配するのは、プラズマ対向材料へのトリチウムの取り込み機構であり、材料の選択がそのまま滞留特性を決める。候補材料は主にベリリウム、タングステン、炭素の三つである。
ベリリウムは低原子番号材料で熱伝導が良く、プラズマから酸素を取り除く効果もあるが、スパッタリングが大きく融点が低いという弱点を持つ。水素の固溶度が極めて低いため、イオンの注入によっても滞留は表面近くの飽和層に限られ、インベントリは小さい。ただし中性子による核反応が材料内部でトリチウムとヘリウムを生成するため、長期の中性子照射の下ではバルク中に相当量のトリチウムが蓄積しうる。タングステンは高原子番号材料で、スパッタリングが小さく再堆積が大きいためダイバータでの正味侵食が少なく、実験データは比較的低いトリチウム滞留を示唆している。このためITERでは主壁にベリリウム、ダイバータの一部にタングステンという材料配置が当初採られた。
問題材料は炭素である。炭素はプラズマとの適合性が良い一方で、二つの経路で大量のトリチウムを滞留させる。第一に、中性子損傷を受けた黒鉛のバルク中での substantial な水素保持である。第二に、より深刻なのが共堆積(コデポジション)である。プラズマでスパッタされた炭素原子が再堆積する際、トリチウムを取り込んだ炭素質膜を形成する。この膜は、ダイバータの陰の領域などプラズマに直接さらされない低温部に厚く成長し、理論的には数キログラム規模のトリチウムを保持しうる。ITERの初期材料構成(主壁ベリリウム、上部バッフル・ドームにタングステン、ストライクポイント周辺に炭素繊維複合材)についての評価では、共堆積が支配的プロセスとして、数百回程度の定格全出力D-T放電で管理限度に達すると見積もられた。材料間の混合(インターミキシング)が水素保持と共堆積に与える影響は評価の主要な不確実性源であり、これを低減することが研究の優先課題とされてきた。
この炭素共堆積の問題に対し、堆積そのものを抑える工夫も研究されてきた。その一つがスカベンジャー(捕集剤)の手法である。ダイバータの隠れた領域でトリチウムに富む炭素膜が形成されるのを化学的に阻害する考え方で、例えばサブダイバータ領域への窒素注入により、堆積物の量を主プラズマ性能に大きな影響を与えることなく大幅に低減できたという実験結果が報告されている。炭素系材料を用いる装置では、この種のプラズマプロセス技術がインベントリ制御の実用的な選択肢となる。
インベントリの測定と計上
インベントリを管理するには、まずそれを測定・計上しなければならない。D-T運転の実績を持つ装置での経験がこの分野の基礎を与えている。例えば1997年のD-T運転期間中、JETではサイト全体のトリチウム在庫が20 gに抑えられ、活性ガス処理システム(AGHS)によって混合排気からトリチウムを回収し、数回にわたって再利用された。このとき任意の時点で使用可能なトリチウム量は、容器内機器への滞留、プロセス内インベントリ、冷却材への透過損失、廃棄物への移行によって決まるため、オンライン測定とバッチ測定を組み合わせて常時評価が行われた。
測定の難しさは、滞留が静的でない点にある。運転停止期間中も機器や閉じ込められた体積からトリチウムは放出し続けるため、安全要件の充足と廃棄物の適切な分類のために多数の個別測定が必要となる。さらにD-D運転のようにトリチウムを燃料として注入しない段階でも、D-D反応で生成したトリチウムが排気中に含まれ、大気放出には多すぎるため処理系での回収が続けられる。つまりインベントリ計上は、D-T運転中だけでなく停止中・非トリチウム運転中も継続する業務であり、測定には常に不確実性が伴う。これに対し、滞留時間(平均滞在時間)の概念を用いて燃料サイクル系の動的サブシステムモデルからインベントリを計算する方法も開発されており、これは起動に必要な貯蔵量の見積もりなど、設計段階の評価に用いられている。
除去とインベントリ制御の技術
容器内インベントリを管理限界以下に保つには、蓄積を遅らせる運転上の工夫と、蓄積したトリチウムを能動的に除去する手段の両方が必要である。蓄積を遅らせる側では、放電運転条件と壁コンディショニングを組み合わせた統合的な運転方式が提案されている。除去の側では、定期的なベークアウト(加熱脱離)が基本手段であり、第一壁からのトリチウムの熱的脱離と冷却材への透過の両方に影響するため、炉寿命を通じたベーク周期の熱的効果が評価の対象となる。
炭素共堆積層に取り込まれたトリチウムは単純な加熱では除きにくいため、酸素を含むガスによる化学除去や、プラズマ放電を用いた除去(プラズマ処理)が研究されてきた。前述のスカベンジャー注入による堆積抑制も、除去ではなく発生段階での制御という点でこの枠組みに含まれる。さらに、廃棄物処分の前段階で機器・材料の汚染を低減する処理も、廃棄物中のトリチウムインベントリを下げる目的で重要な技術課題である。除去技術の選択は、容器内インベントリの削減と、処理過程で生じるトリチウム化廃液・廃ガスの二次的な管理の間のバランスを考慮して行われる必要がある。
燃料サイクルのインベントリ、運転計画と安全限界
装置全体のインベントリのうち、容器内滞留と並んで大きな割合を占めるのが燃料サイクル設備、すなわちトリチウムプラント内の滞留である。排気ガスの精製、同位体分離、貯蔵の各工程にはそれぞれトリチウムが滞留し、その総量は設備の構成と運転方式に依存する。このため、インベントリ最小化を目的関数とする運転計画の最適化が研究されてきた。バッチスケジューリングの手法を用いて、ITERの同位体分離系や燃料サイクル系における処理の順序とタイミングを最適化し、インベントリのピークを最小化するモデルが構築されており、排気除染系(排ガスからトリチウムを回収して大気放出を許容レベルまで下げる系統)の初期回収運転におけるインベントリ評価にも同様の系統別モデルが用いられている。
ブランケット側のインベントリも見逃せない。固体増殖材(例えばチタン酸リチウム Li₂TiO₃)や液体リチウムを用いるブランケットでは、増殖したトリチウムが増殖材・増殖剤中に滞留する量が安全評価の重要な項目であり、ブランケット形式ごとにインベントリ評価手法が整備されてきた。また、システムコードを用いてD-T運転機器全体の平衡インベントリを評価する手法も、発電炉概念や機器試験施設の設計に適用されている。
これらを総合すると、トリチウムインベントリの問題は、プラズマ物理・材料・燃料サイクル・安全設計が交わるシステム工学的課題である。実験炉の段階では管理限度を守りながら運転を続けることが主眼であったが、ITERやDEMOの設計では、サイト放出限度の下で総インベントリを線形外挿以上に増やさないこと、脆弱な系統のインベントリを分離して管理すること、そして多重格納などの深層防護をプラント全体に実装することが、設計上の必須要件として位置づけられている。D-T運転の実績を持つ装置で培われた測定・計上・除去の経験は、この要件を将来機で満たすための基盤となっている。
Fusion Engineering and Design 1989
トリチウムインベントリ(Tritium inventory)の研究史 — FusionPapers