分子線(Molecular beam)は、核融合・プラズマ物理学の手法。ラバールノズルで生成した超音速・高密度の分子ビームを磁場閉じ込めプラズマに打ち込む燃料供給法で、ガスパフより深い粒子侵入と高い燃料効率を持つ。粒子供給のほか、ELM緩和や不純物入射による崩壊緩和にも用いられる。この用語集が追う論文のうち、タイトルにこの主題が現れるものは42本ある。比重が最も大きかったのは2010–2014年で、その期間の論文の0.12%を占めた。直近の2025–2029年では0.08%。この用語集がこの主題を最初に拾うのは1990年以降で、それ以前の収録論文には現れない。
New concept.
解説
分子線入射(supersonic molecular beam injection, SMBI)は、核融合プラズマの燃料供給(fuelling)を目的とした粒子入射法の一つである。高圧のガスをラバルノズルと電磁弁から真空容器へ断熱膨張させて射出し、マッハ数の大きい整流化された分子ビームとしてプラズマ縁へ注入する。従来のガスパフ(GP)よりも時間応答が速く入射量の調整幅が広く、ペレット入射(PI)よりも装置が単純で繰り返し周波数を高くできる(例えば500 Hz級の運転が報告されている)という中間的な性格を持ち、中国のHL-1M、HL-2A、EAST、日本のJT-60U、インドのAditya、KSTAR、J-TEXTなど多くのトカマクで常用装置として整備されてきた。燃料供給のほか、ELM(エッジ局在モード)緩和、輸送研究、不純物シード、ランナウェイ電子の緩和など、プラズマ物理実験の摂動源としても広く使われている。
原理と注入器の構成
SMBIの注入器は、本質的には電磁弁とラバルノズル(先細後広の収束・発散ノズル)の二要素からなる。高圧の燃料ガス(水素、重水素)をノズル背後に短時間供給すると、ノズルスロートを境に気流は音速に達し、発散部でさらに加速されて超音速の分子ビームとなる。急速な断熱膨張に伴って気体の温度と密度が低下するため、条件によっては気体が過飽和状態になり、粒子同士の衝突で水素クラスター(数百原子規模)が生成する。この性質を積極的に利用したのが低温SMBI(LT-SMBI)であり、ノズルと電磁弁周辺を液体窒素で予冷して膨張前のガス温度を下げることでクラスター生成を促進する。クラスターはイオン化に要する時間とエネルギーが分子より大きいため、マイクロペレットのように振る舞い、プラズマ中をより深く進む。
低温化を実現した注入器の内部構造を、次の断面図に示す。

fig.1 Experimental study of low-temperature supersonic molecular beam injection on EAST (2025) · CC BY 4.0
Cross-sectional view of the LT-SMBI system.
図は液体窒素デュワーとガスバッファを備えた低温SMBI系の断面であり、電磁弁、ノズル、液体窒素の出入口がどのように配置されるかを示している。常温系(RT-SMBI)との差は主にこの予冷部の有無であり、ノズル・電磁弁という基本構成は共通である。なお、HL-2Aではクライオトラップ付きの低温系が複数機種に導入され、J-TEXTでは低密度プラズマ条件下で常温系より約30%高い燃料効率が報告されている。
ビームとプラズマの相互作用・侵入深さ
注入された分子はエッジプラズマ中で解離・イオン化され、その運動量とプラズマ側の衝突阻止の競合が侵入深さを決める。したがって侵入深さは、入射分子フラックスと、ビーム経路上の初期プラズマ密度・温度に依存する。局所密度が大きく上昇すると解離・電離率が増えて侵入はむしろ浅くなるという負帰還が働き、これがSMBIの侵入が本質的にエッジ寄りに留まる主因である。境界プラズマ乱流コードを用いた二次元シミュレーションでは、中性粒子は最外殻磁気面(LCFS)から数cm内部まで侵入し、経路に沿って密度上昇・温度低下が生じること、また入射中に平行方向の圧力不均衡が駆動する沿磁力線イオン流によって高密度領域が極方向へ急速に広がること、入射終了後は約60 msで入射前のプロファイルへ緩和することが示されている。
実験的にも、ビームの侵入は単純な単一成分ではない。重水素リザーバに少量混入した水素の存在により、ビームは速い成分と遅い成分に分かれて観測される。HL-2Aでの接線方向DαアレイとCCDカメラによる観測では、速い成分はLCFSから約8.5 cm、遅い成分は約4 cm内部まで到達し、侵入深さの入射前プラズマパラメータや背圧への依存は弱いことが示された。JT-60Uでも高速TVカメラによるイオン化領域の観測から、背圧を0.2 MPaから0.6 MPaに上げてもイオン化領域の前端位置はほぼ変わらず面積が拡大するだけ、という同方向の結果が得られており、背圧を上げても深さは簡単には増えないことが分かっている。この「深さが頭打ちになる」制約を突破する方針の一つが前節のクラスター化であり、HL-2Aでは低温化により約6 cmの侵入深さ増加が報告されている。
燃料効率:ガスパフ・ペレットとの比較
燃料効率(入射粒子のうちプラズマに取り込まれる割合)はSMBI評価の中心指標である。HL-2Aリミター配置での典型値は30–60%とされ、入射粒子数で規格化したDα発光はガスパフより約50%高い。つまり同じ量を入れたとき、より多くの粒子がプラズマに入る。効率が高い理由として二つの機構が実験的に示されている。第一に、入射後の密度減衰が遅く、コアとエッジの干渉計チャンネルが逆位相で変動する観測から、電子温度勾配の増強に駆動される内側への粒子ピンチ(inward pinch)が働くこと。第二に、SMBIはガスパフに比べて規格化電子温度勾配が最大2倍に増強され、これ自体が取り込みを促進することである。一方で効率の測定値が大きくばらつく主因は入射深さの違いではなく、入射後の電子密度の減衰時間のばらつきにあるとされる。
JT-60Uでは、同一密度を達成するのに必要な入射粒子量はガスパフより明確に少なく、ペレット入射と同程度であった。ペレットの方が深くまで入るにもかかわらず効率が拮抗するのは、SMBIがエッジに局所的に強い冷たい粒子源をつくり、そこでの輸送応答で粒子が保持されるためと解釈されている。効率の背圧依存性と入射方向(高磁場側・低磁場側)依存性はともに弱い。ただし、プラズマ密度・温度が高いほど効率は低下するという一般的傾向があり、これがSMBIを炉規模装置の主燃料供給手段とする上での主な制約とされている。クラスターを含むビーム(クラスタージェット入射)では、粒子が経路に沿って一様にアブレーションされず終端領域に堆積する様子が複数診断で確認されており、侵入深さ・効率とも通常のSMBIを上回る。
プラズマ物理への応用:ELM緩和と輸送摂動
SMBIは燃料供給手段としてだけでなく、制御された「冷たい粒子パルス」をエッジに注入できる摂動源として、プラズマ物理実験に広く使われている。最も重要な応用がHモードプラズマのELM緩和である。ペダルスタル内部に冷たい粒子を堆積させると、ELMの頻度が増加し振幅が減少する。HL-2Aでは、この緩和はペダルスタル内の高周波変動と輸送イベントを増やし、ペダルスタル全幅にわたる大規模輸送イベント(大きなELM)の発生を抑制することで起きると解釈されており、浅い粒子侵入でもELM緩和が達成できることがモデル解析と合わせて示された。効果は入射圧力とパルス幅に依存し、不純物混合ガスをシードした場合の検討も行われている。また、SMBIパルス中にはダイバータターゲットへの熱負荷が入射前の0.4倍に低下することが観測されており、ダイバータ位置への専用注入系を用いた放射ダイバータ制御(従来の「パフ・アンド・ポンプ」方式より時間応答が速く入射量範囲が広い)への展開も進められている。
輸送研究の道具としては、SMBIパルスはエッジからコアへの粒子輸送を時分割で調べる標準的な摂動実験を可能にする。マイクロ波反射計と組み合わせて冷たいパルスの内方伝搬を追跡する手法、オーミックプラズマでSMBIが誘起するコヒーレントモードの観測、間欠的な対流輸送の抑制、非軸対称磁場摂動下での応答などが調べられている。さらに、大量の粒子入射に伴う衝突・放射阻止によりランナウェイ電子が熱速度まで冷却される効果が注目され、ランナウェイ電子緩和への応用が小型トカマクで検証されている一方、電子サイクロトロン加熱との併用条件下では逆にランナウェイ電子が増強される場合もあることが報告されており、ランナウェイ制御への適用は状況依存的である。このようにSMBIは、単純な装置でミリ秒オーダーの粒子パルスを繰り返し注入できることを武器に、燃料供給・エッジ制御・輸送物理の三つの役割を一つの系で担う手法として定着している。
この解説が根拠にした論文から
- ELM mitigation by supersonic molecular beam injection into the H-mode pedestal in the HL-2A tokamakNuclear Fusion 2012
- Plasma behaviour with hydrogen supersonic molecular beam and cluster jet injection in the HL-2A tokamakNuclear Fusion 2007
- 2D simulations of transport dynamics during tokamak fuelling by supersonic molecular beam injectionNuclear Fusion 2014
- Penetration characteristics of supersonic molecular beam injection on HL-2A tokamakNuclear Fusion 2010
- Study of the high fuelling efficiency features of supersonic molecular beam injectionNuclear Fusion 2012
- Fuelling characteristics of supersonic molecular beam injection in JT-60UNuclear Fusion 2010
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推移
研究の変遷
1985–19941本 · 0.02%
分子線エピタキシー装置のためのECRプラズマ源
この時代の唯一の論文は、分子線エピタキシー装置に用いる電子サイクロトロン共鳴プラズマ源の設計と性能を報告している。電子サイクロトロン共鳴やサイクロトロン共鳴という語とともに現れ、装置応用が主題である。
同時に語られた主題電子サイクロトロン共鳴、サイクロトロン共鳴
この時代の論文から
- Design and performance of an electron cyclotron resonance plasma source for standard molecular beam epitaxy equipmentReview of Scientific Instruments 1990
1995–20046本 · 0.06%
トカマクHL-1Mにおける超音速分子線入射の実験
超音速分子線入射と中性粒子ビーム入射、表面拡散に関連づけられ、HL-1Mトカマクでのプラズマ挙動、水素クラスター的振る舞い、入射の侵入・堆積、高圧超音速分子線入射による高性能実験が報告されている。分子線エピタキシーの不安定性に関する理論的論文も含まれる。
同時に語られた主題超音速分子ビーム入射、中性粒子入射、表面拡散
この時代の論文から
- Plasma behaviour with molecular beam injection in the HL-1M tokamakNuclear Fusion 1998
- Hydrogen cluster-like behaviour during supersonic molecular beam injection on the HL-1M tokamakNuclear Fusion 2001
- High performance experiments on high pressure supersonic molecular beam injection in the HL-1M tokamakNuclear Fusion 2004
- Penetration and deposition of a supersonic molecular beam in the HL-1M tokamakPlasma Physics and Controlled Fusion 2003
2005–201413本 · 0.08%
ELM緩和と燃料供給への応用展開
超音速分子線入射がHL-2A、KSTAR、EASTの各トカマクで用いられ、ELM緩和、燃料供給、ペデスタル、ガスパフ、反射計測、逃走電子などと関連づけて研究されている。2次元輸送シミュレーションや入射の侵入特性も扱われ、実験と理論の両面から進展した。
同時に語られた主題超音速分子ビーム入射、中性粒子入射、燃料供給、ガスパフ、周辺局在モード、逃走電子
この時代の論文から
- ELM mitigation by supersonic molecular beam injection into the H-mode pedestal in the HL-2A tokamakNuclear Fusion 2012
- Plasma behaviour with hydrogen supersonic molecular beam and cluster jet injection in the HL-2A tokamakNuclear Fusion 2007
- ELM mitigation by supersonic molecular beam injection: KSTAR and HL-2A experiments and theoryNuclear Fusion 2014
- 2D simulations of transport dynamics during tokamak fuelling by supersonic molecular beam injectionNuclear Fusion 2014
2015–202621本 · 0.08%
多装置でのELM・ディスラプション・逃走電子制御
超音速分子線入射はEAST、HL-2A、J-TEXT、ADITYA-Uの各装置で報告され、ELM緩和、ペデスタルイオン温度の役割、冷パルスダイナミクス、小規模ディスラプション、逃走電子軽減など多様な課題に適用されている。不純物混合ガスの入射効果も調べられた。
同時に語られた主題超音速分子ビーム入射、中性粒子入射、周辺局在モード、プラズマディスラプション、Hモード、逃走電子
この時代の論文から
- Impact of impurity mixture gas seeded by supersonic molecular beam injection on edge-localized modes in the HL-2A tokamakNuclear Fusion 2019
- Dynamics of cold pulses induced by super-sonic molecular beam injection in the EAST tokamakNuclear Fusion 2019
- Important role of pedestal ion temperature in the ELM mitigation by supersonic molecular beam injectionNuclear Fusion 2016
- Minor disruptions triggered by supersonic molecular beam injection on J-TEXT tokamakNuclear Fusion 2020
よく登場する装置
この数字の作り方
- 数え方 —
- 同じものが別の名前で書かれていてもまとめて数えている。綴りが変わった時期に推移が動いて見える、ということは起きない
- 割合 —
- その時代の収録論文全体に占める比率。コーパスは1970年代より2010年代のほうが9倍大きいため、本数のままではほとんどの主題が右肩上がりに見えてしまう
- 記述 —
- その時代の論文・共起する主題・登場する装置だけを根拠にAIが書いている
- 冒頭の定義 —
- 用語そのものの説明だけは、論文23本の要旨を読ませたうえでAIの分野知識で書かせている。ここだけは収録論文に書かれていることの要約ではない
- 解説 —
- では、8本の論文(うち全文2本)と1枚の図版を読ませたうえでAIが書いている
- 範囲 —
- 収録は6誌に限られる。ここで減っていることは、分野がその取り組みをやめたことを意味しない
