Wiki / 現象 核融合中性子 (Fusion neutron)は、核融合・プラズマ物理学の現象。重水素-重水素反応では2.45 MeV、重水素-トリチウム反応では14.1 MeVの中性子が生じる。この現象はプラズマ中の核融合反応率やイオン温度の診断に使われ、核融合出力の評価や材料照射、中性子源としての応用上でも重要である。この用語集が追う論文のうち、タイトルにこの主題が現れるものは139本ある。比重が最も大きいのは直近の2025–2029年で、その期間に発表された論文の0.42%を占める。この用語集がこの主題を最初に拾うのは1975年以降で、それ以前の収録論文には現れない。
目次
1 解説 2 推移 3 研究の変遷 4 よく登場する装置 5 関連項目 6 この数字の作り方 解説 核融合中性子(fusion neutron)とは、核融合反応によって放出される中性子のことであり、特に重水素 (D)と三重水素(T)の反応 D + T → ⁴He (3.5 MeV) + n (14.1 MeV) で生じる約14 MeVの中性子を指すことが多い。核融合炉のエネルギーはこの中性子の運動エネルギーとしてプラズマの外に持ち出されるため、中性子は炉心プラズマそのものと同じく核融合研究の中心的存在である。一方で中性子は電荷を持たず磁場で閉じ込められないため、そのまま周辺構造材やブランケットに飛び込み、エネルギーを熱として回収されると同時に、材料損傷や放射化という課題を生む。本項では、核融合中性子のスペクトル的性質、それを作り出す装置、中性子工学 (ニュートロニクス)への応用、材料試験、そして計測という、この現象をめぐる主要な話題を概説する。
14 MeV D–T核融合中性子とそのスペクトル
D–T反応で放出される中性子のエネルギーは、反応のQ値(17.6 MeV)が生成核であるα粒子と中性子に運動量保存則に従って分配されることでほぼ決まる。重心系で両者は質量に反比例してエネルギーを分け合うため、中性子は約14.1 MeVを得る。このエネルギーは核分裂炉の中性子(平均約2 MeV)の数倍も高く、核融合固有の中性子環境を作り出している。
スペクトルの形そのものがプラズマ状態の診断手段になる点は重要である。反応するDとTが熱運動を持てば、中性子スペクトルはドップラー広がりを受け、その幅からイオン温度が、ピーク位置のずれから流体要素の流速が読み取れる。単一の流体要素から出るスペクトルはほぼガウス分布であるが、実際の燃焼プラズマ では温度や速度の異なる多数の流体要素の寄与が重なり、スペクトルに歪み(高次モーメント)が現れる。さらに燃焼プラズマの流速分布によっては、観測方向によって中性子の収量や平均エネルギーが異なる異方性が生じ、異なる視線方向に置いた測定器が異なるスペクトルを見る。また、圧縮されたコアでの中性子散乱は、燃料領域の温度・速度分布の相対的な重みを変える形でスペクトルを修飾する。このように中性子スペクトルは燃焼プラズマの「写像」であり、慣性核融合 ではスペクトルの高次モーメントの測定が燃焼診断の有力な手段となっている。
核融合中性子を発生させる装置
核融合中性子源 は、目的とする中性子強度・運転形態によって大きく異なる装置群で実現されている。
最も小規模なのが放電型・慣性静電型のコンパクト中性子源 である。球状慣性静電閉じ込め装置の派生形では、真空容器 内の円筒陰極と接地陽極の間に直流高電圧を印加して イオンを加速し、D–D反応による2.45 MeV中性子、あるいはD–T混合ガスによる14.1 MeV中性子を発生させる。装置全体が40 cm立方程度の可搬サイズであり、 は加速器型源に比べて桁違いに小さいものの、源と試料の幾何配置を自由に選べるため、小規模な 実験に適する。D–T反応の はD–D反応よりはるかに大きいため、D–T運転では中性子収量が二桁程度上がる。
核融合中性子
種別 現象
論文数 139 本
初出 1975 –1979 年(1本)
最盛期 2025 –2029 年 0.42% 索引にもどる
図は、この種のコンパクト核融合中性子源を用いたブランケット模型照射実験の構成を示す。図の(a)では中性子源の周囲に黒鉛とポリエチレンからなる減速・遮蔽体が積まれ、その中に検出器位置AからEが設けられている。(b)は6LiF薄膜変換層を付けた単結晶ダイヤモンド検出器の断面で、減速中性子が⁶Li(n,t)α反応で生んだ2.73 MeVのトリトンと2.07 MeVのα粒子をCVDダイヤモンド素子で検出する仕組みが描かれている。
中規模のパルス源としてはプラズマフォーカス 装置がある。これはZピンチ 系の装置で、同軸電極間の大電流放電(数十kAからMA級)によってプラズマを軸方向に強圧縮し、ピンチ相でD–D核融合中性子をパルス状に放出する。重水素にアルゴン やクリプトンなどの希ガスを混ぜると放射冷却によって圧縮が強まる可能性があり、装置や条件によって中性子収量が最大数倍から数十倍増加したという報告と、ほとんど効果がなかったという報告の両方があり、その機構は現在も議論されている。収量増加の説明としては、高Z成分による放射損失増大がシースを薄くしてより緊密なピンチを作ること、放射崩壊によるマイクロピンチの形成、非熱的(ビーム的)機構への寄与の変化などが提案されている。
図は、この種の実験に用いられるプラズマフォーカス装置の真空チャンバ内部である。中心電極の周囲に複数の診断ポートが放射状に配置され、放電で生じたピンチプラズマ から中性子やX線が放出される。
最大規模のものは、材料試験を目的とした加速器駆動のD–T中性子源である。IFMIF 型の設計では、連続波の40 MeV・125 mA重陽子ビームを液体リチウム標的 に入射し、リチウム 核とのストリッピング反応でD–T反応とよく似たスペクトルの中性子を大量に発生させる。重陽子ビームの熱負荷 が極めて大きいため、標的は厚さ25 mm、幅260 mm、流速15 m/sという自由表面の液体リチウム ジェットであり、その安定長時間流動が実証ループで検証されている。このほか、トカマク自体を中性子源とする構想(ITER 級物理・技術に基づき200–500 MW級の核融合出力で核変換用の中性子を供給する案)や、磁気鏡の一種であるガスダイナミックトラップを用いる案など、プラズマベースの中性子源も研究されている。
核融合ニュートロニクス:トリチウム増殖とブランケット検証
D–T炉が連続運転するためには、消費したトリチウム 以上をブランケットで増殖する必要がある。増殖は主にリチウム の中性子捕獲反応 ⁶Li(n,t)α で起こり、増殖比(TBR)は燃料サイクルでの損失と放射性崩壊を見込んで約1.05以上が要求される。この自己充足性を保証するには、中性子スペクトル分布とともにトリチウム生成 率(TPR)を実測して計算コードを検証することが不可欠である。計算値には核データ の不確かさ、幾何モデルの不完全さ、不純物 による予期しない中性子吸収などの誤差が入るためである。
しかし、この種の実験ができる核融合中性子照射施設は極めて少なく、日本原子力研究開発機構のFNS施設が2010年代半ばに停止したことはその象徴であった。このため、コンパクトな放電型中性子源 を用いてブランケット模型(モックアップ )のトリチウム生成率を評価する手法が提案されている。生成トリチウムの直接測定には照射したLi₂CO₃ペレットのβ線を液体シンチレーションカウンタで数える方法が伝統的に用いられ、1σで4–10%の不確かさでTPRを評価できるが、低収量のコンパクト源では検出限界以下となる。代わりに、前節の図に示した6LiF薄膜付き単結晶ダイヤモンド検出器を用い、⁶Li(n,t)α反応で生じるトリトンとα粒子を分離計数することで高感度な測定が行われる。実験値と計算値の比(C/E値)の評価を通じて、中性子工学 計算の信頼性が検証される。
計算側では、中性子・光子・電子の連成輸送を扱うモンテカルロコードの核融合ニュートロニクスへの適用や、核データの不確かさを厳密に伝播させる手法の整備が進んでおり、ブランケット設計の信頼性評価を支えている。また、核融合中性子源 を核変換(使用済み燃料中の超ウラン元素の消滅処理)や核融合核分裂ハイブリッド炉 の駆動に使う構想も、モルテン塩ブリーダーを含むブランケット設計とともに研究されている。
核融合中性子環境での材料試験
14.1 MeV中性子による材料損傷は、核分裂炉中性子とはスペクトルも損傷機構も異なるため、D–Tスペクトルに近い中性子源 で材料を実際に照射することが、デモ炉設計の前提となる構造材・プラズマ対向材の認証に不可欠とされる。14 MeV中性子は材料中で(n,α)や(n,p)反応を起こしやすく、ヘリウム や水素ガス原子が格子欠陥と結合して膨張や脆化を引き起こす点が、核分裂炉では再現できない本質的な違いである。
問題は、大強度の核融合中性子源 がまだ存在しないことである。このため現行の材料開発では、(1) 同位体・化学的に調製した鋼材の核分裂炉照射、(2) 高エネルギーHeイオンや自己イオンによる損傷照射、(3) 核融合とは異なるスペクトルの中性子源での照射研究を組み合わせ、その限界を認識した上で試験計画を最適化する手法が取られている。将来の本格試験に向けては、重陽子ビームを軽元素標的に入射するストリッピング反応で核融合類似スペクトルを作る加速器型中性子源が有力候補であり、IFMIF /DONES (欧州)とA-FNS(日本)の設計がIFMIF/EVEDA プロジェクトの成果に基づいて進められている。
図は、この種の加速器型中性子源における液体リチウム標的 ループと除熱系の概念図である。重陽子ビームが入射する標的組立の下流で、リチウム 主ループが電磁ポンプと流量計を介して循環し、ビームで堆積した熱が三段の熱交換器(HX1–3)を通じてオイル、さらに冷却水へと運び去られる様子が示されている。標的ループはD–Li反応で生成するトリチウム や⁷Beという主要な放射化生成物を含むため、施設の放射線安全設計では、リチウム中の不純物 をコールドトラップや水素・窒素 トラップで制御するとともに、トリチウムの熱交換器オイルへの移行や大気拡散による公衆被ばく評価までが設計課題となる。
核融合中性子の計測と分光
核融合中性子の計測は、プラズマ診断 と中性子源 の性能評価の両面で中心的な役割を果たす。測定手法は大きく分けて、中性子の飛跡や発光を利用する検出器系と、中性子スペクトルを直接分解する分光系に分けられる。
トカマク等の磁気閉じ込め装置では、重水素 化スチルベンや液体シンチレータ、シンチレーションファイバ検出器を用いて中性子の収量・時間変動・空間分布を測定する。慣性核融合 では、中性子画像を得るために毛細管型の重水素化シンチレータ検出器が開発され、燃焼領域の像を中性子そのもので撮影する。収量の絶対較正には銀などの中性子放射化カウンタが用いられる。また、³Heガス比例計数管を用いた分光計のように、14 MeV中性子を直接エネルギー分解する検出器も実用化されている。
分光の側面では、測定器の応答関数の不確かさが再構成される中性子源分布に与える影響をブートストラップ法で統計的に評価する手法や、短パルス中性子源向けの時間分解分光法が開発されている。慣性核融合のスペクトル解釈では、前述の通り温度・速度分布の平均化効果がスペクトルの歪みとして現れるため、単純なガウス近似を超えた高次モーメントの解析が燃焼プラズマ のイオン温度や流速分布、さらにはコア内散乱の効果を抽出する鍵となる。中性子はプラズマ磁場の影響を受けずに燃焼領域から直接飛び出してくるため、中性子分光はX線や光学診断と並ぶ、燃焼状態を最も直接的に知る手段であり続けている。
核融合中性子(Fusion neutron)の研究史 — FusionPapers