FusionPapers
図版検索トレンドwiki日本の研究
© 2026 FUSIONPAPERS
About法務情報
Wiki/現象

負水素

Negative hydrogen

負水素(Negative hydrogen、negative hydrogen ion、negative hydrogen ions)は、核融合・プラズマ物理学の現象。水素原子が電子を一つ余分に持つ負イオン(H⁻)を指し、核融合炉の追加熱用中性粒子ビーム(NBI)源で生成・加速されて、中性化後にプラズマへ入射される。その生成には体積過程と表面過程があり、輸送や引き出し効率が研究の主要課題である。この用語集が追う論文のうち、タイトルにこの主題が現れるものは49本ある。比重が最も大きかったのは1975–1979年で、その期間の論文の0.24%を占めた。直近の2025–2029年では0.19%。この用語集がこの主題を最初に拾うのは1975年以降で、それ以前の収録論文には現れない。

目次

  1. 1解説
  2. 2推移
  3. 3研究の変遷
  4. 4よく登場する装置
  5. 5この数字の作り方

解説

負水素(負水素イオン、H⁻)とは、水素原子が余分な電子を1つ受け取って形成する陰イオンである。原子核と電子2つという単純な系でありながら、追加の電子は原子の正電荷にわずかにしか束縛されておらず、その結合エネルギーは約0.754 eVと小さい。このため負水素は高温プラズマ中では電子との衝突によって容易に破壊され、安定に存在できるのは比較的低温で電子密度の高い条件に限られる。中性子星大気や太陽の不透明度における主要な連続吸収体として天体物理学で古くから知られる一方、現代の核融合研究においては、負水素イオンを意図的に大量に生成・引き出す技術が主役となっている。負水素イオンを高エネルギーで加速してから中性化すると、効率よく高エネルギー中性子線(正確には中性原子ビーム)が得られるためである。図は、この分野で中心的な役割を果たす大型試験施設ELISEのイオン源部の写真と断面模式図であり、4基の高周波ドライバと引き出し系、セシウムオーブンの配置が示されている。以下では、核融合の中性粒子入射(NBI)における負水素イオンの役割、その生成機構、輸送と電子の共引き出しの制御、そして大型源の開発状況を概観する。

(a) Photograph of the ion source end of the ELISE test facility. The four RF drivers are enclosed in a vacuum containment. (b) Schematic view. The position of one of the caesium ovens at the left vertical side wall is indicated, the second oven is located at the right source wall.

fig.1 ITER-relevant 600 s steady-state extraction of negative hydrogen ions at the test facility ELISE (2025) · CC BY 4.0

(a) Photograph of the ion source end of the ELISE test facility. The four RF drivers are enclosed in a vacuum containment. (b) Schematic view. The position of one of the caesium ovens at the left vertical side wall is indicated, the second oven is located at the right source wall.

負水素イオンと中性粒子入射における役割

磁場閉じ込め核融合装置では、プラズマを加熱し電流を駆動する主要な手段の一つとして、高エネルギーの中性水素(または重水素)原子ビームを装置内に注入する中性粒子入射が用いられる。中性原子は磁場の影響を受けずに閉じ込め磁場を貫通してプラズマ中で電離し、そのエネルギーをプラズマに渡す。ビームを中性化するには、まずイオンを加速した後に中性化セルを通す必要があるが、ここで正イオンと負イオンの違いが決定的になる。正の水素イオン(陽子)の中性化は数十keVのエネルギーでは効率が高いが、1 MeV級のエネルギーでは中性化効率がほぼゼロに落ちる。一方、負水素イオンは電子を1つ外れて中性原子になる過程が高エネルギーでも効率が高く、約60%の中性化効率が維持される。ITER以降の装置が要求する1 MeV級の入射を実現するには、負イオンを用いることが本質的に不可欠なのである。

この利点の裏返しが、負水素イオンの生成と引き出しの難しさである。前述のようにH⁻の電子結合エネルギーは小さく、プラズマ中では電子衝突による脱離(光脱離を含む)や種々の二体再結合によって速やかに失われる。また、負イオンは空間電荷制限シースの影響を受けやすく、放出面からプラズマ側へ出たH⁻の多くがポテンシャルの谷で反射されて再び面に戻ってしまうという制約もある。このため、負イオン源では「いかに多く作り、いかに破壊せずに引き出すか」が設計の中心課題となり、プラズマ生成部と引き出し部の間に電子温度を下げる領域を設けるなど、正イオン源とは質的に異なる工夫が凝らされている。

生成機構:体積過程と表面過程

負水素イオンの生成には、大きく分けて体積過程と表面過程の二つの経路がある。体積過程の中心は解離性付着である。これは、振動励起した水素分子 H₂(v) に低エネルギーの電子が衝突し、分子が解離すると同時に電子が一方の原子に付着して H⁻ が生じる反応である。重要なのは、この反応断面積が振動準位に強く依存する点であり、高エネルギー電子が基底状態の分子を衝突によって振動励起する過程と、低エネルギー電子がその分子に電子を付与する過程の両方が必要になる。したがって、負イオン源のプラズマでは「電子温度の高い領域」と「電子温度の低い領域」を空間的に分離することが合理的であり、これが後述の磁気フィルターの物理的根拠となっている。体積過程だけで得られるH⁻密度は、核融合NBIが要求する電流密度には及ばないことが知られている。

これを補うのが表面過程である。プラズマグリッド(PG)と呼ばれる引き出し電極面に水素原子や正イオンが入射すると、表面で電子を受け取ってH⁻が生成され、プラズマ中に放出される。この変換効率を決めるのが表面の仕事関数であり、仕事関数の小さい面ほど電子を与えやすい。そこで実用源では、仕事関数を約2 eVまで下げるセシウムをPG表面に蒸着させる操作が標準となっている。セシウムシードは負イオンの生成を増やすだけでなく共引き出しされる電子を減らすという二重の効果を持つが、一方でセシウムの分配や表面状態が長パルス運転中に動的に変化することが運転の安定性を難しくしており、セシウムに頼らない源の開発も進められている。表面過程の寄与は運転条件に敏感である。例えば数値シミュレーションによれば、ガス圧を上げればPG面での原子の変換が、RFパワーを上げれば正イオンの変換が、それぞれH⁻密度の増加を支配するといった具合に、どの入射粒子の変換が効いてくるかが条件ごとに変わる。また、PGに入射する陽子のエネルギー分布は、プラズマ生成部との電位差から想像される高エネルギーなものではなく、背景ガスとの衝突で減速・散乱された低温のマクスウェル分布に近いものになることも、表面生成を定量的に理解する上で重要である。

輸送、磁気フィルターと共引き出し電子

生成されたH⁻をいかにして引き出し口まで運ぶかが、源の性能を左右する。負イオン源では、プラズマ生成領域(ドライバ)と引き出し領域(膨張室)の間に磁気フィルターと呼ばれる横磁場を設ける。この磁場は電子のラーマ半径には十分効くがイオンにはほとんど影響しない強さであり、高温電子の膨張室への流入を遮って電子温度を下げる。これにより、H⁻の破壊を担う高速電子による脱離を抑えつつ、解離性付着に適した低温条件を作る。同時に、磁気フィルターは共引き出し電子、すなわちH⁻と一緒に引き出し孔へ向かう電子の流れも抑制する。共引き出し電子は加速電源の容量を食うだけでなく、引き出し系の過熱やビームの品質低下を招くため、その量をH⁻電流に対して十分低く抑えることが大型源の必須要件となっている。さらに、PGにバイアス電圧を印加してシースを制御することも電子抑制に有効である。

磁気フィルターの導入には代償もある。磁場によるドリフトのためにプラズマ分布が上下非対称になり、引き出しされる電子電流にも非対称性が現れる。興味深いことに、大型源での測定ではこの電子引き出しの非対称性が主プラズマの非対称性と相関せず、電子の引き出しが主プラズマからある程度切り離された挙動を示すことが報告されており、その機構は完全には理解されていない。また、磁場トポロジーが性能に強く影響することも示されており、外部磁石でフィルター磁場を強化した構成では共引き出し電子の大幅な低減とパルス中の増加の抑制が得られ、長パルス運転が可能になった。一方、引き出し確率の観点からは、PG面近傍で生成されたH⁻ほど引き出されやすく、引き出し孔周辺の形状(例えば孔の縁を面取りしたカラー)が引き出し電流を増やす効果を持つこと、またフィルターの長距離磁場は引き出し確率に影響するが、PG直近の短距離の電子偏向磁場はほとんど影響しないことが、三次元イオン軌道計算と実験の比較から明らかにされている。

抽出系と大型源:ELISEとITER NBI

ITERのNBIシステムでは、1 MeV級のH⁻(重水素ではD⁻)ビームを長時間安定に引き出すことが求められており、そのためのイオン源として、無電極の高周波(RF)駆動源が採用されている。フィラメントを用いないRF源は保守性と長期信頼性に優れるためである。この源は、RFコイルを巻いた円筒状のドライバでプラズマを生成し、それを磁気フィルターを挟んで大型の膨張室に広げ、そこに設けた多数の孔をあけた引き出し系からH⁻を加速する構成を持つ。図はこのRF負イオン源の模式図であり、上部のドライバ、下部の膨張室、周辺の永久磁石の配置が示されている。ドライバ内で作られたH⁻の多くは表面過程に由来するため、膨張室端のPG面での生成と輸送が性能を決める。

Schematic diagram of the RF negative hydrogen ion source.

fig.1 Three-dimensional fluid simulation of radio-frequency negative hydrogen ion source with the addition of noble gases (2026) · CC BY 4.0

Schematic diagram of the RF negative hydrogen ion source.

ITER用イオン源は大型化に伴う物理の変化ももたらす。小型の原型源で確立された運転知見がそのままスケールアップで通用するとは限らず、半分サイズの大型試験施設ELISEがその架け橋として建設された。ELISEでは引き出し系を流れる電流でフィルター磁場を作る独特の構成を採っており、上下の引き出しグリッド・セグメントごとに電子電流を個別に測定できるため、電子引き出しの空間分解測定が可能である。ELISEでの運転により、体積生成のみの運転でも共引き出し電子を適度な磁気フィルターとPGバイアスで十分に抑制できること、セシウム運転に移行した上でITER要求に相当する負イオン電流密度が得られること、さらに600秒級の長パルス抽出や1時間級の重水素放電が実現するなど、長パルス・高電流密度への進展が示されてきた。これらの成果は、ITER NBIの負イオン源設計を実験的に裏付ける基盤となっている。

一方で、課題も残る。セシウムの長パルス中の動態と再配分、引き出し電子電流の非対称性の起源、ビームプラズマ相互作用による加速部への影響などは活発に研究されている。また、セシウムを使わない体積生成主体の源、ヘリコン波加熱源、貴ガス(アルゴン、キセノン)添加による体積生成の増強、アルミニウム製PGの評価、逆シースと呼ばれる壁電位がプラズマ電位より高くなるシース構造を利用した引き出し効率の改善など、多様なアプローチが並行して探られている。負水素イオン源は、原子・分子過程の基礎物理から大型加速器技術までを繋ぐ、核融合NBIの中核技術として発展を続けている。

この解説が根拠にした論文から

  • [1]Enhancing ion extraction with an inverse sheath in negative hydrogen ion sources for NBI heatingNuclear Fusion 2023
  • [2]Negative hydrogen ion transport in RF-driven ion sources for ITER NBIPlasma Physics and Controlled Fusion 2009
  • [3]On the proton flux toward the plasma grid in a RF-driven negative hydrogen ion source for ITER NBIPlasma Physics and Controlled Fusion 2012
  • [4]On the electron extraction in a large RF-driven negative hydrogen ion source for the ITER NBI systemPlasma Physics and Controlled Fusion 2014
  • [5]Influence of the magnetic field topology on the performance of the large area negative hydrogen ion source test facility ELISEPlasma Physics and Controlled Fusion 2016
  • [6]ITER-relevant 600 s steady-state extraction of negative hydrogen ions at the test facility ELISENuclear Fusion 2025

この解説は役に立ちましたか?

推移

0.00.10.3負水素197019801990200020102020%
図1 — 負水素が、5年ごとにその期間の全論文に占めた割合。コーパスは2010年代が1970年代の9倍あるため、件数のままでは何もかもが増加して見える

研究の変遷

1970–19842本 · 0.08%

初期の散発的報告

負水素イオンビームのプラズマ標的による原子化や、加速クラスターイオンからの生成を扱う初期研究である。この時期はごく少数の報告にとどまり、主題としての体系的な展開はまだ見られない。

この時代の論文から

  • [1]Conversion of a beam of negative hydrogen ions to atomic hydrogen in a plasma target at energies between 0.5 and 1 MeVNuclear Fusion 1975
  • [2]Production of negative hydrogen ions from accelerated cluster ionsNuclear Fusion 1977

1985–19945本 · 0.09%

ビーム源としての模索

イオンビーム源における負水素イオンの診断や、ホローカソード・ペニング表面プラズマ源による高密度生成が研究されている。トムソン散乱や陰極プラズマといったプラズマ診断・生成機構と結びつき、ビーム源としての応用が模索された時代である。

同時に語られた主題イオンビーム、トムソン散乱、ホローカソード、ビームプラズマ

この時代の論文から

  • [1]Possibilities for direct optical observation of negative hydrogen ions in ion beam plasma sources via Rayleigh or Thomson scatteringPlasma Physics and Controlled Fusion 1985
  • [2]Negative hydrogen ion beamsPlasma Physics and Controlled Fusion 1992
  • [3]Method for producing neutral and negative hydrogen particles applicable to hot plasma diagnosisReview of Scientific Instruments 1988
  • [4]Formation of cathode plasma in a magnetically insulated high‐current diode to generate negative hydrogen ions with current densities up to 200 A/cm2Review of Scientific Instruments 1990

1995–20041本 · 0.01%

単発的な主題

水素プラズマ中の原子分率と負水素イオン生成の関係を調べる研究が現れるが、この時期の寄与は極めて小さい。

同時に語られた主題水素プラズマ

この時代の論文から

  • [1]Atomic fraction of hydrogen plasma in a negative hydrogen ion sourceReview of Scientific Instruments 2004

2005–201413本 · 0.08%

ITER指向のRF駆動源研究

ITER中性粒子入射を指向したRF駆動負水素イオン源の研究が中心となる。多孔グリッド抽出系、磁気フィルター、輸送過程などが扱われ、ITER装置との関連が明確に現れる。負水素イオンの輸送と重水素イオンとの比較も進められた。

同時に語られた主題中性粒子入射、ITER中性粒子ビーム、プラズマ診断、中性ビーム、イオン輸送、重水素

この時代の論文から

  • [1]Performance of multi-aperture grid extraction systems for an ITER-relevant RF-driven negative hydrogen ion sourceNuclear Fusion 2011
  • [2]Negative hydrogen ion transport in RF-driven ion sources for ITER NBIPlasma Physics and Controlled Fusion 2009
  • [3]Transport of negative hydrogen and deuterium ions in RF-driven ion sourcesPlasma Physics and Controlled Fusion 2010
  • [4]Magnetic filter field dependence of the performance of the RF driven IPP prototype source for negative hydrogen ionsPlasma Physics and Controlled Fusion 2011

2015–202628本 · 0.11%

実証試験と多様な課題

ITER実証試験施設ELISEでの長時間・高密度負水素イオンビーム実証や、ビーム診断・中性化・シース制御など多様な課題が扱われる。粒子シミュレーションや電子サイクロトロン共鳴、重水素イオンとの関連が強まり、定常運転に向けた研究が展開されている。

同時に語られた主題粒子セル法、イオンビーム、電子サイクロトロン共鳴、重水素、サイクロトロン共鳴、定常状態

この時代の論文から

  • [1]Achievement of ITER-relevant accelerated negative hydrogen ion current densities over 1000 s at the ELISE test facilityNuclear Fusion 2019
  • [2]Characterisation of the properties of a negative hydrogen ion beam by several beam diagnostic techniquesNuclear Fusion 2016
  • [3]Neutralization of negative hydrogen and deuterium ion beams using non-resonance adiabatic photon trapNuclear Fusion 2018
  • [4]Enhancing ion extraction with an inverse sheath in negative hydrogen ion sources for NBI heatingNuclear Fusion 2023

よく登場する装置

iter7

この数字の作り方

数え方 —
同じものが別の名前で書かれていてもまとめて数えている(Negative hydrogen、negative hydrogen ion、negative hydrogen ions など)。綴りが変わった時期に推移が動いて見える、ということは起きない
割合 —
その時代の収録論文全体に占める比率。コーパスは1970年代より2010年代のほうが9倍大きいため、本数のままではほとんどの主題が右肩上がりに見えてしまう
記述 —
その時代の論文・共起する主題・登場する装置だけを根拠にAIが書いている
冒頭の定義 —
用語そのものの説明だけは、論文19本の要旨を読ませたうえでAIの分野知識で書かせている。ここだけは収録論文に書かれていることの要約ではない
解説 —
では、8本の論文(うち全文3本)と2枚の図版を読ませたうえでAIが書いている
範囲 —
収録は6誌に限られる。ここで減っていることは、分野がその取り組みをやめたことを意味しない

負水素

種別
現象
論文数
49 本
初出
1975–1979 年(2本)
最盛期
1975–1979 年0.24%
直近
2025–2029 年0.19%
ほかの綴り
negative hydrogen ion、negative hydrogen ions
主な装置
iter

索引にもどる