Wiki / 手法 電子サイクロトロン加熱 (Electron cyclotron heating、ECH、ECRH)は、核融合・プラズマ物理学の手法。磁化プラズマ中へ電子サイクロトロン周波数帯のマイクロ波を入射し、共鳴電子を選択加熱する手法である。トカマクやヘリカル装置の立ち上げ補助・中心加熱・電流駆動・MHD不安定性制御などに広く用いられ、高出力化により主要な加熱手段となっている。この用語集が追う論文のうち、タイトルにこの主題が現れるものは562本ある。比重が最も大きかったのは1985–1989年で、その期間の論文の1.70%を占めた。直近の2025–2029年では0.89%。
目次
1 解説 2 推移 3 研究の変遷 4 よく登場する装置 5 関連項目 6 この数字の作り方 解説 電子サイクロトロン加熱(ECH、Electron Cyclotron Heating)とは、電子のサイクロトロン運動に共鳴する周波数(数十から数百ギガヘルツ)のマイクロ波を磁場閉じ込め プラズマに注入し、電子にエネルギーを直接与える加熱法である。共鳴条件は電子のサイクロトロン周波数 f = eB/2πm で決まり、例えば磁場 5 T では約 140 GHz に相当する。波はプラズマ中をほぼ直進し、共鳴面と呼ばれる磁場が一致する薄い面で強く吸収されるため、加熱位置をビームの向きと磁場の強さで精密に選べる点が最大の特徴である。現在では加熱だけでなく非誘導電流駆動 (ECCD )や磁気流体力学的不安定性の制御にも用いられ、ITER では最初に使われる追加加熱方式と位置づけられている。
波の伝搬とサイクロトロン吸収
ECH の物理は、マイクロ波がプラズマ中をどう伝わり、どこでどう吸収されるかにかかっている。トーラス装置ではトロイダル磁場が大半径方向に変化するため、サイクロトロン周波数もそれに応じて空間的に変化する。注入した波は真空領域ではほぼ直進するが、共鳴面(トロイダル磁場が波の周波数に一致する面)に達すると、電子の回転運動と電場の位相が揃い、エネルギーが効率よく吸収される。基本波(第1高調波)では通常モード(Oモード)または異常モード(Xモード)のいずれかで入射し、強い単一パス吸収が得られる。このため加熱の設計は、装置の磁場に合わせて周波数を選ぶことから始まる。例えば 6 T の装置では 170 GHz 前後、3 T 級の装置では 110–140 GHz が使われる。
吸収位置は単純な幾何学的な量ではない。波はプラズマ密度や磁場の不均一性によって屈折し、実際の吸収点は真空幾何から推定した位置からずれる。このため吸収位置を正確に知るには、実時間の磁場・電子密度・電子温度分布を用いたビームトレーシング計算が必要となる。下の図は、トロイダル磁場から決まる共鳴面(赤の縦線)と、屈折を無視した幾何学的な電子サイクロトロン線(緑)の関係を示したもので、吸収位置の推定が磁場配置とビームの向きの両方に依存することを表している。
fig.3 TorbeamNN: machine learning-based steering of ECH mirrors on KSTAR (2025) · CC BY 4.0
Sketch of EC vacuum geometry. The vertical red line is the the resonance based on B_\textrm{T} and gives R. The green line is the geometric EC ray that is a straight line with no deflection. The black dot is located at (R,Z_{\textrm{vac}}) to give vacuum absorption \textit{Z}_{\textrm{vac}}.
図中の黒点は真空幾何から与えられる吸収位置であり、実際の装置では密度分布 による屈折を考慮して補正される。この位置制御の精度が、後述する電流駆動 や不安定性制御の成否を直接左右する。
吸収されたエネルギーはまず電子に入るため、ECH は本質的に「電子加熱 」であり、中性粒子ビーム入射とは加熱の配分が大きく異なる。電子温度が高いほど電流駆動効率 η は T/n に比例して向上するというスケーリングが理論・実験の両面で確立されており、高温度プラズマほど ECH の価値が高まることを示している。一方、高密度プラズマでは波の伝搬そのものが難しくなる臨界密度の制約があり、第2高調波加熱ではプラズモン減衰などの非線形過程が問題となることも知られている。また、共鳴する電子のドップラー偏移を利用すると、バルクではなく高エネルギー尾部電子を選択的に加熱することもでき、輸送物理の研究手段としても用いられてきた。
ジャイロトロンとマイクロ波源
ECH の歴史は、そのまま高電力マイクロ波源であるジャイロトロン の発展史といえる。ジャイロトロンは、磁場中で螺旋運動する相対論的電子ビーム と空洞共振器の相互作用によってミリ波を発振する真空管であり、電子のサイクロトロン共鳴 そのものを発振原理に使う点で ECH と共通の物理に立脚する。近年の開発により、1 MW 級で長パルス(連続運動に近い)動作が可能な管が実用化され、ECH は補助的な加熱法から主要な加熱法へと地位を変えた。ITER 、W7-X 、LHD 、EAST 、KSTAR 、JT-60SA といった主要装置がいずれもメガワット級ジャイロトロン群を備えており、DTT では 170 GHz・1 MW の管を最大 32 本同時運転する計画である。
現代のジャイロトロンは、磁控管注入電子銃、ビームトンネル、空洞、準光学出力結合器、合成ダイヤモンド出力窓、一段減圧コレクタといった要素技術の積み重ねで成り立つ。特に合成ダイヤモンド窓は低損失かつ高熱負荷 に耐える鍵であり、長パルス運転を可能にした。効率向上のための多段減圧コレクタ、周波数を段階的に可変できる管(不安定性制御のために吸収位置を変える用途)、将来の DEMO に向けた更高周波数・多メガワット管の開発も進んでいる。ジャイロトロンの発振周波数は超伝導磁石 で作る磁場で決まるため、源の設計と装置の磁場設計は密接に結びついている。
ECH システム全体は、ジャイロトロン棟からトカマク棟への電源 ・冷却・伝送系を含む巨大な設備として設計される。下の図は、その全体構成の一例として、DTT 計画における ECH 建屋とトカマク棟を結ぶシステム配置(左)と、試験施設に設置されたジャイロトロン予備シリーズ実機(右)を示す。
fig.1 Roles of ECH system in DTT plasma operations (2024) · CC BY 4.0
Left: Layout of the DTT-ECH system in the full configuration and overview of the ECH building connected to the Tokamak Hall; Right: DTT Gyrotron pre-series at Falcon Test Facility for FAT (THALES property and confidential information, not to be disclosed).
左図に見えるように、数十本のジャイロトロンを収める建屋から伝送路がトカマクへ導かれる構成は、大規模 ECH システムに共通する形である。右図のジャイロトロンは超伝導磁石に包まれた円筒状の管であり、この単位管を並列に増やすことで総注入電力が決まる。
伝送系とアンテナ
ジャイロトロン で発生したミリ波は、主として円形波導管を用いた伝送線によってプラズマ装置まで運ばれる。この周波数帯では導波管 内の損失を小さくできる一方、長距離伝送ではモード変換 、アライメント誤差、窓部での反射による残留電力などが効率を下げる要因となる。近年の大型システムでは、多数のビームを一つの真空容器 にまとめた準光学伝送系が採用されつつあり、DTT の設計では真空多ビーム準光学伝送路が採用の新機軸とされている。伝送効率はシステム設計の中心指標であり、注入目標電力に対して伝送損失分を見込んだ設計が行われる。
プラズマへの入射は、容器内に設置したランチャー(アンテナ)から行う。現代の標準はフロントステアリング方式で、鏡(ミラー)を容器内で動かしてビームの向きを実時間で制御する。ビームはガウスビームとして伝搬し、固定鏡と可動鏡の組み合わせでプラズマ中心から縁まで広い範囲を狙える。ミラーは高熱負荷 に耐える冷却構造を必要とし、金属積層造形による複雑な冷却路を持つ鏡の試作も行われている。下の図は、赤道面アンテナの設計例として、6 つのランチャーモジュール(上下各 3 列)からなる支持構造と、波導管終端からプラズマへ向かうガウスビームの伝搬(シアンで表示)を示す(左)、およびその固定鏡の積層造形試作品の正面・背面(右)である。
fig.2 Roles of ECH system in DTT plasma operations (2024) · CC BY 4.0
Left: Equatorial antenna design made of 6 launcher module units (3 top lines + 3 bottom lines) with supporting structure. Cyan surfaces represent the Gaussian beam propagation after the in-vessel waveguide termination up to the plasma; Right: front and rear views of the prototypes in additive manufacturing of the fixed mirror M1 of the launching module.
左図のシアンのビーム群が示すように、複数モジュールを並べることで広い照射範囲と柔軟なビーム制御が得られる。右図の鏡に見える内部の冷却路構造は、高熱負荷に耐えるミラー設計の現状水準を表している。ITER の上部ランチャーでは、可動機構の重要部品にダイヤモンド窓など保護上重要な部材の資格試験が進められており、核融合炉級システムでは部品の信頼性確認そのものが開発課題となっている。
加熱・電流駆動・MHD 制御への応用
ECH の応用は、単純な加熱を超えてプラズマ制御 の中核に広がっている。第一の用途はバルク加熱とプラズマ起動である。強い単一パス吸収により、オーム加熱程度の低温プラズマ からでも効率よく中心加熱ができ、閉じた磁気面の初期形成や電流立ち上げの支援にも使われる。ヘリカル装置 では、ECH は正味電流ゼロの運転において主要な加熱手段であり、大半径方向に局在した加熱によって電子内部輸送障壁 を形成できることが大型ヘリカル装置で示されている。トカマクでも、局在加熱による電流分布 の整形や、L モード から H モード への遷移の誘起、縁の制御に用いられる。
第二の用途は電子サイクロトロン電流駆動 (ECCD)である。マイクロ波の進行方向に偏った角運動量を電子に与えることで非誘導電流を局所的に駆動でき、その効率は電子温度にほぼ比例する。これを利用して電流分布を意図的に整形し、磁気せん断分布を制御することができる。最も重要な応用の一つが新古典テアリングモード (NTM )の抑制で、磁気島 の位置に合わせて電流を注入して島の成長を止める。テアリングモードは数十ミリ秒で危険な大きさに成長しうるため、吸収位置の実時間推定とミラーの高速ステアリングが要求され、実時間ビームトレーシングコードや、それを機械学習サロゲートモデルで高速化した制御系が実機で試験されるまでに至っている。同様の手法は鋸歯状振動 の制御にも使われる。
第三に、ECH はプラズマ診断 ・物理研究の道具でもある。変調注入による熱波伝搬実験は輸送係数の測定に用いられ、中心加熱とイオンサイクロトロン加熱 の比較実験は不純物 (タングステン など)の挙動への影響を分離するのに役立つ。また、カストラップ中の真空アークプラズマ への ECH 適用のように、核融合本体以外への応用も生まれている。一方で、ECH に固有の課題もある。高密度化に伴う伝搬の制限、第2高調波運転でのパラメトリック減衰不安定性による診断系への損傷リスク、そしてシステム全体の信頼性・保全性の確保である。ITER をはじめとする次世代装置では、ECH は単一の加熱手段ではなく、加熱・電流駆動 ・不安定性制御を一つの系で担う多目的アクチュエータとして設計されており、その柔軟性こそがこの加熱法の本質的価値となっている。
Nuclear Fusion 1982
電子サイクロトロン加熱(Electron cyclotron heating)の研究史 — FusionPapers