グローブスM(Globus-M)は、核融合・プラズマ物理学の装置。ロシアのイオッフェ研究所の球形トカマクで、主半径0.36 m・副半径0.24 mという低アスペクト比のコンパクト装置である。中性粒子入射加熱や下ハイブリッド波電流駆動、高速イオン閉じ込め等の研究に用いられ、後継機グローブスM2の設計基盤となった。この用語集が追う論文のうち、タイトルにこの主題が現れるものは30本ある。比重が最も大きかったのは2015–2019年で、その期間の論文の0.14%を占めた。直近の2025–2029年では0.00%。この用語集がこの主題を最初に拾うのは2000年以降で、それ以前の収録論文には現れない。
Spherical tokamak in Russia
解説
グローブスM(Globus-M)は、ロシア・サンクトペテルブルクのヨッフェ物理技術研究所に建設された球状トカマク(spherical tokamak, ST)である。主要半径R = 36 cm、マイナー半径a = 24 cmという小型の真空容器に、最大0.4 Tのトロイダル磁場と最大250 kAのプラズマ電流を持ち、中性ビーム入射(NBI)や高周波加熱による補助加熱を備える。球状トカマクはトカマクの断面を縦長の球に近づけ、中心ソレノイド周りの空間を極限まで削ることで、同じトロイダル磁場に対してプラズマの持つ安定性余裕(正規化ベータ)を大きく取れるという構想に基づく装置概念であり、グローブスMはその物理を小型装置で検証する役割を担った。運転終盤には磁場系を増強し、同じ真空容器で1 T・500 kAを狙う改修機グローブスM2が建設され、両装置を通じて球状トカマクの閉じ込め・加熱・非誘導電流駆動のデータベースが構築された。
装置と運転領域
グローブスMの特徴は、球状トカマクとしてのコンパクトさに加え、同種装置としては珍しい運転領域にある。エッジ安全係数qが2.7から5という低い範囲で運転でき、またプラズマ外縁から壁までの距離が3〜5 cmと極めて小さい。壁が近いことはプラズマの位置制御を難しくする一方、閉じ込め性能に対する壁の影響やプラズマ・壁相互作用を研究するには好都合な条件となる。プラズマ形状の実時間再構成アルゴリズムがこの装置で検証され、近接壁環境下での位置・形状制御の基盤となった。位置制御系には自己発振型の電流インバータが作動器として用いられ、小型装置特有の厳しい制御要求に応えた。
装置の到達領域拡大は段階的に進められた。まずオーミック加熱によるプラズマ生成と初期実験で目標とする基本パラメータが確認され、その後の補助加熱実験で高ベータ運転領域が拓かれた。ただし小型装置である以上、絶対加熱出力は最大0.8 MW程度と中規模装置より小さい。それでもプラズマ体積あたりの比加熱出力は2〜3 MW/m³に達し、単位体積あたりの加熱強度という点では大型装置に匹敵する実験条件を実現した。この「小さいが濃い」加熱環境が、後述のや高速イオン物理の研究を可能にした。
運転領域の限界の物理的な理由(密度限界、ベータ限界、位置制御の余裕など)が系統的に整理され、それが次段装置の設計要求を定めた。真空容器とプラズマ寸法はそのままに、トロイダル磁場を1 T、プラズマ電流を0.5 MAへ引き上げる改修がグローブスM2として実施され、熱負荷と応力の解析によって機械設計が確認された。
加熱・電流駆動とHモード
補助加熱はNBIと高周波加熱の二本柱で行われた。NBIでは高いイオン加熱効率が示され、高速イオンの軌道数値計算と併せて、入射した高速イオンがどのように閉じ込められ減速するかが調べられた。イオンサイクロトロン共鳴加熱(ICR)についても数値モデリングと実験の比較から高い加熱効率の実現要因が解析された。小型で磁場の低い球状トカマクでは高速イオンの軌道が装置寸法に近づき、閉じ込めが損なわれやすいという固有の問題があるため、高速イオン挙動の理解は単なる加熱効率の評価を超えて球状トカマク共通の課題であった。
低域混成波(LHW)を用いた非誘導電流駆動は、球状トカマクでは初めての試みとしてグローブスMで実施された。2.45 GHzのマイクロ波を10本の導波管アレイから隣接導波管間に120度の位相差を与えて入射し、プラズマ中での波の励起と伝播が確認された。特に、従来のトカマクにおける低域混成波電流駆動とは異なる「ポロイダル方向に減速させる」新しいスキームが試みられ、その駆動効率は理論予測をやや上回る一方、標準的なトカマクでの低域混成波電流駆動よりは小さいことが示された。非誘導電流駆動は、電流をプラズマ内で直接生成することでパルス長を延ばし中心電流分布を制御する技術であり、グローブスM2計画でも主要素として位置づけられた。
閉じ込め性能の向上については、信頼性の高いHモード(高閉じ込めモード)の達成が報告されている。Hモードはプラズマ縁に輸送障壁が形成され、粒子と熱の流出が抑えられる状態である。ASTRA輸送コードによるモデリングでは、NBI加熱Hモード中のイオン熱拡散係数が新古典理論値にとどまること、また輸送障壁の内側で粒子拡散係数が大きく低下することが示された。これは小型装置でもHモードの物理が本質的に同じであることを裏付ける結果である。また、輸送障壁形成に伴うリミットサイクル振動や準コヒーレント揺動の観測も行われ、縁の振動現象と閉じ込め改善の関係が調べられた。
閉じ込めと輸送
グローブスMの閉じ込め研究の中心は、エネルギー閉じ込め時間τEのスケーリング則の検証である。Hモードデータベースに対する回帰解析から、τEのトロイダル磁場BTへの依存性が非常に強いこと、一方でプラズマ電流Ipへの依存性はITERの標準スケーリングIPB98(y,2)が予測するより弱いことが明らかになった。また、衝突性ν*への依存はITERスケーリングより有意に強いが、NSTXやMASTといった同種の球状トカマクで得られた依存性よりは弱い。このように球状トカマク間でもスケーリングの細部が異なるという結果は、小型装置のデータを核融合炉設計に外挿する際の不確かさを示すものとして重要である。
イオン熱輸送の個別研究も行われ、オーミックおよび加熱プラズマ中のイオン熱拡散がどの程度新古典的振る舞いに近いかが評価された。さらに、重水素と水素の比較による同位体効果が全閉じ込めに及ぼす影響がオーミック加熱領域で予備的に調べられた。同位体効果は閉じ込めの乱流起源を探る基本的な手がかりであり、小型装置での系統的検証は閉じ込め物理の理解に寄与する。
乱流物理の側面では、測地音響モード(GAM)の発見が特筆される。GAMはプラズマ縁のバンドルされた揺動であり、グローブスMでは分離線の内側2〜3 cmに局在することが示された。その周波数は理論予測と一致し、密度揺動と磁場揺動のモード構造が複数診断を組み合わせて詳しく調べられた。GAMは乱流による熱輸送を自ら抑制する振動モードと考えられており、縁近傍の乱流自己制御の理解に不可欠な観測対象である。また、ドップラー後方散乱法によるフィラメント(縁から飛び出す細長いプラズマ構造)の観測も行われ、縁乱流の輸送への寄与が評価された。
縁・スクレイプオフ層・プラズマ壁相互作用
プラズマ縁とスクレイプオフ層(SOL)の研究では、測定と自己無撞着な統合輸送モデリング(B2SOLPS5.2コード)の比較が行われた。その結果、SOLの幅がプラズマ電流に反比例してスケールすることが示された。SOL幅はダイバータへの熱負荷を決める重要な量であり、プラズマ電流が大きいほど熱流が細く絞られて壁への負荷が集中する。このスケーリングは、将来の大型装置のダイバータ設計に直結する課題に対する小型装置からの寄与である。プラズマの放射損失のトモグラフィー診断も整備され、縁・ダイバータ領域の放射分布が評価された。
プラズマ壁相互作用については、多数回放電(3000〜10000ショット)にさらされたダイバータタイルや特殊プローブ表面の分析から、第一壁各部の混合層組成と重水素リテンション(水素同位体の保持量)が推定された。さらに、あらかじめ損傷を与えたタングステンダイバータ板の模擬試験片をプラズマ流に曝す実験が行われ、初期損傷が表面直下に熱伝導率の低い疎な層を形成させるという予備的結論が得られた。これは、材料の初期欠陥がプラズマ照射下でどのように悪化するかを示す知見であり、炉材料の観点から意義が大きい。
縁の制御という意味では、高運動エネルギーのプラズマジェットを装置外から生成してプラズマ中心まで注入する実験も行われた。ジェットがプラズマ中心に貫入して密度が即時に上昇し温度が低下することが確認され、その挙動はペレット入射との類比で理解された。これは密度や冷却を短時間に制御する手法の小型装置での実証である。
高速イオン・アルフベン不安定とグローブスM2への改修
NBIで生成される高速イオンは、磁気閉じ込めプラズマ中でアルフベン固有モードなどの波動を励起し、その結果として自らの閉じ込めを損なう可能性がある。グローブスMではトロイダル・ミルノフコイルアレイによって高速粒子励起のアルフベン不安定が検出され、その励起条件が整理されるとともに、固有モードに誘起された高速イオン損失のダイナミクスが提示された。装置寸法が小さいため高速イオンの軌道と波動との相互作用が顕著に現れやすく、燃焼プラズマ中のアルフベン粒子(アルファ粒子)物理の縮小模型としての役割を果たす。TAE(トロイダル・アルフベン固有モード)に起因する高速イオン損失と輸送の研究は、改修後のグローブスM/M2を通じて継続された。
グローブスM2への改修は、グローブスMで到達した運転領域とその限界の理解を設計基礎として実施された。真空容器とプラズマ寸法を変えずにトロイダル磁場を1 T、プラズマ電流を0.5 MAへ引き上げることで、高平均密度での補助加熱により温度をkeV帯まで高め、衝突性ν* ≪ 1の低衝突領域に到達することが目標とされた。低衝突性は、乱流輸送が新古典輸送を超えて支配的でなくなる領域への入口であり、球状トカマクの閉じ込め予測を検証する鍵となる。非誘導電流駆動がプログラムの主要素とされ、グローブスMで開発された低域混成波電流駆動の経験が生かされる。グローブスM2の実験成果と性能限界は、球状トカマクを基盤とする超小型核融合中性子源の実現可能性を検証することを最終目標として位置づけられている。
グローブスM(Globus-M)の研究史 — FusionPapers